do_pi_can   ド・ピーカン  どぴーかん  さて、これから  詩  小説  エッセイ  メールマガジン
朝のファーストフード

ホームを抜けると,

コーヒーの匂いと共に光の王者が立ち上がるが,

光の王者は,結局,粉末にされざるをえないらしい

猫背の男の繰る手帳に,そのように書き込まれている

猫背の男は,その言葉を,呪文のように唱えている

それで,今朝の光は,いつもより弱い

光は,薄い雲母の破片のように,まちまちに回転しながら

路上生活者の充血した網膜に忍び込み

子供の頃過ごした田舎の家の庭先の石楠花の木を

記憶の中から引き出して,

幾条かの水滴と共に地上に落ち,靄となって立ち昇る

子供たちの無意味な記号の叫びがその靄をかき乱す

小型のテレビゲームに語りかける男だけが

かき乱された靄の行く先を知っている

まだか,まだか,まだか,と語りかける男

男は,待つことしか知らないから

待った挙句の世界観を持たない

だから,猫背の男は,手帳を閉じるのだ

猫背の男が手帳を閉じた後に,

鼻から煙を吐く巨大な太った女が現れ

光の王者は,さえぎられることを覚える

女は,背中をいっぱいに広げて,

雲母のような光が忍び込むのを防ぐのだ

巨大な太った女は,思い出を持たないから

雲母のような光の破片を必要としない

鼻の頭に常に浮かべられた脂汗には

サイドワインダーのように

直進しか知らない光が望ましい

今の季節に,そのような光は似つかわしくないので

女は,遮ることで,ささやかな抵抗をする

そして,手に持った大きな包みを,

おもむろに広げ始める

包み紙のこすれあう音だけが

この世を覆うすべてとなる

女の吐き出す煙と,包み紙の音

遮られる光の王者

手帳を閉じた猫背の男は,そっと立ち上がり

テレビゲームに語りかける男も,忽然と姿を消す

世界は,記憶を持たない太った女の支配にゆだねられる

それが,いつも行われる儀式なのだ

幸薄い者だけが,そのことを知る