風は
do_pi_can   ド・ピーカン  どぴーかん  さて、これから  詩  小説  エッセイ  メールマガジン

風は,

記憶に乗って吹きすさぶ

寒空であれば,あるほどに

記憶だけを頼りに

吹きすさぶのだ

 

星々の瞬く

張り詰めた夜を

かつて海であった場所や

切り崩された山の頂を

手探りで渡る時

風は

涙の一つも流してやろと

こそと囁く

囁いて走り去る

みみずくだけは

聞き漏らさない

風の声にならぬ声

 

涙の一つも流してやろ

 

涙は

とうに枯れたわい

風呂帰りの老婆がしわぶき

手ぬぐいで鼻水をぬぐいながら

涙は

とうに枯れたわい

 

老婆が泣いたのは

この地が激しく揺れてから

何十日もたってからであった

 

息子も,孫も,

いってもたわい

むごいこっちゃでなぁ

火葬にもしてやれんかった

 

骨がちょっとになぁ

孫のおもちゃ

なぁ,

骨がちょっとに

孫のおもちゃだけやぁ

 

泣いたら楽になんのになぁ

だれぞ,このばば,泣かしたってんか

 

風が言う

ばばの涙なんか見たかて

しょうないわ

 

そらそうや

 

伸びをして,

とぼとぼと,家路につく老婆の背中を

風が押す

 

そないにきつう押したら,こけてまう

 

こかしたろ,

息子や孫に合わせたろ

息子の嫁は逃げてんろ

 

あほ言いな

誰が墓守すんねんな

家傾いて,隙間風びゅうびゅうやけど頑張ってんのは

墓があるからやん

おじいさんは,はよから入ったあるし

息子や孫がいてるし

誰か見たらなあかんやん

草,誰抜くねん

水,誰がやんねん

 

風は

あの朝を思い出して

吹きすさぶ

沢山の悲鳴を

いまだ,その体内のどこかに残しながら

山へ,海へと,

吹きすさぶ

都市の灯りが

瞬いている

星より

明い