歴史よ猛り狂ったスペルマよ打ち捨てられたお前の置き土産よ
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歴史よ

猛り狂ったスペルマよ

打ち捨てられた

お前の置き土産よ

傍らで抱き合う一塊の男女よ

懊悩よ

 

それがどれ程の価値であったかを

確かに,見た

 

公園の巨大な池の

水鳥の

右足の水かきの

黒胡麻のような血の滲み

 

歴史は

そこから始まって

やがて,錆の匂いの線路っぷちで終わる

その間にあるのは

並木道と

タバコ屋のオイネ婆さんと

小便臭い不良少女のカバーパンツ

チューインガムなすり付けられた公衆電話

不心得者の飼い犬の残糞

たまに黄色いタクシー

まだ若い未亡人

 

未亡人,

そう,それが問題なのだ

 

池の側の邸宅の

程よく整備された日本庭園の

まっかな寒椿の間に

喪服の未亡人がいて

時折,池のあちら側からこちら側へ渡る私に

色目を使う

裾が割れ,白い太ももに静脈がのたうつのを

車椅子の老人は,池のほとりで

毎日双眼鏡を持ち出して,見る

老人のゴールデンレトリバーは,

甘やかし放題で,ろくに飼い主の面倒も見ず,

糞尿を,池のそこかしこで振りまいては,

領土と制海権を申告する

歴史は,申告により成立するので,

市の職員は,見て見ぬ振りをして,

老人から賄賂をもらい

いそいそと未亡人の元へと通う

市の職員は,

この女の婚姻届の折に恋をし,

出産届けの時に初めて告白し,

死亡届の折にデートに誘い,

遺産相続税の申告にやってきた時に,やっと懇ろになれたらしい

彼は,未亡人のために,遺品を隠さねばならない。

だから,毎日が目が回るほどに忙しいのだ

そんな時間が積み上げられ,踏み固められたものが歴史だ

 

そのようにして歴史が構築されるなど,

シーザーでさえも知り得なかった

 

窓の外を眺めながら

ボーッと煙草をふかすお前には,

もちろん,とても理解できることじゃない

ところで,

歴史の中で,それは随分ちっぽけな事なのだが,

さっきから,お前の灰が落ちそうになっている

お前は,そんなことにも頓着せずに,

軽くくしゃみをして

灰がテーブルの上に散り散りになる

それが,お前と私の時の交差ラインで,

だから,ほれ,

丸く長い灰を指で潰しながら

かき集めると,

目の前で,お前の姿が崩れていく

お前から見ると,

私の姿も,おそらく,同じ事なのだろうから

このままいけば,

どちらも同時に消滅できるはずだ

 

そうだ,

歴史は,また,

そのようにして消滅もするのだ

 

それは,シーザーでさえ,

知らなくていい真実

 

激しい渦の中に巻き込まれながら

歴史は,そうして,何度も消滅する

 

崖っぷちのワニだけが

その事を知っている