河 よ

もうすぐ海に届くのに、この河は

どういうわけか逡巡している

山間を過ぎ、谷間を忍び、

いくつもの橋の上の別離や、

鉄橋から落ちてきた涙をくぐり抜けたというのに、

せせこましくしのぎを削る民家やビルディングの中に、

ぜいたくな広さの流れをつくり、

捨てきれぬ思いや、捨ててしまいたい感情を

投げ込まれたというのに、この河は

海に流れ込むのが怖いのか、

別なものに変わる己におののくのか、

よどむのだ

雨雲の下で、

なお多量の雨粒を吸収しながら

逡巡のうねりが、護岸のコンクリートを打つ

コンクリートの割れ目に生え出でた

蓬やタンポポを打つ

何故、何故なのか

もしかしたら、川底に沈むカワサキ400ccのせいかも知れない

それにまたがっていた若い男女の肉体は

とうに溶解し、川底のヘドロに同化したのだが、

彼らの思いが伝わったか

その無謀なダイビングは、深夜2時

シンナーとガソリンの匂いを撒き散らし、

大量に費やした携帯電話の文字ともども、

何に後ろ髪引かれる事も無く行われた

男のわずか20年と、女のわずか18年が、

一瞬の交錯の後、大地を跳ぶ

理解してもらえない悔しさや、消えない刺青や、

義父からの陵辱の後は、

ことごとく吸収され、いとも簡単に

消化された筈なのだが、

抱え込めない何にこだわったか河よ

海は、いつまでもお前の逡巡を待たない

痺れをきらし、逆流する機会を探している

うねりでそれを迎えるのか河よ

消化できぬものを消化できぬままに、

重荷として背負い込む事もあるのだ

気づかぬよう、触らぬよう、しかし、

常に意識しながら、歩いていかねばならない事も

多々あるのだ

お前の飲み込んだ男女は、それを拒否した

挙句のダイビングであった

それを承知のお前であった筈だが、河よ

老獪なお前が、その何に刺激を受けた

その逡巡を優しさとは、誰も言わない

その事は、お前も良く知っていよう、河よ

忘れるのだ、河よ

 

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