「花 咲き初めし」



満開には,まだ少し早いと言うのに
あの日の君は
もう,桜にしがみついている
22年前の君よ
わずかの間同じ時を過ごした
君の
悔し涙を最後に吸い上げたのは
僕の
陰茎などではなく
かつて,死体が埋まっていると,
さる詩人が看過した
一本の桜であった
和歌山に帰る君に
何言う術も持たぬ僕など
それに比べれば,
短小なる存在に過ぎなかった
桜は
君の悔し涙を
樹液に変え
ドクドクと
樹上に押し上げたに違いない
君は
その時,
その下に眠る死体に同化したかったのだろう
何であったのか
意味付けられぬ過去を
せめて,
散る事の前触れに
ソメイヨシノを揺り動かして
葬り去りたかったに違いない
しかして,君は
紅い提灯に彩られた
桜の幹に
ひたすらしがみつく

そう,
まだ,
花も咲かぬと言うのに
あの日の君が
もう,そこにいる。
あの日のように
僕のトレーナーとジーンズに
痩せた身体を包み
不揃いな歯を微かに見せて
桜にしがみつく

僕は
どうする
相変わらず進歩も無いままに
君の乳房を
もみしだくか

あの日の
四畳半の
擦り切れた畳は
もう無い

 

 

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