「恋ふる」



形而下の肉球は
少年の日の
過ぎ去りし思い入れのようだ
山間の町
線路っぷちの草むらにあったマンホールの中で
覚えた事は
ため息とともに
恋ふることであった
湿った薄暗い穴倉で
読み捨てられた雑誌片手に
ひたすら恋ひた後,我らは
町に繰り出し
   町といい
   五分も歩けば
   もう行きどまってしまう
さらに恋ふる相手を探した
それは,肉屋の娘や
タバコ屋の未亡人であったかもしれない
形而下の肉球は
その頃の
思い入れの中から
生まれたものなのだろう
だが,
今でも恋ふる事の根幹をなすは
肉球なのだ
それは
ノートルダムの男の背中にあったように
きわめて不自然
不埒
だが,
山間の製材所の多い町と
僕を
結び付けているもの
いまだ
そこに帰れと
僕を誘うもの
帰り着いたとて
もう,恋ふる対象なども無く
積み上げられた木材の影に隠れて
恋ひすてふ事すら無いのに

ふむ
振り返る事を
恋ふるか
あの峠の道で
振り返ってみるか
あの頃の
少女のセェタァの胸の甘酸っぱさを
心に抱きながら
恋ふる想いを
過去から蘇らせ
あたかも
ふと気が付いたかのように
空気の澄んだ日には
瀬戸内海まで見えるらしい
あの峠道で
振り返ってみるか

期待する

そこに見るものは
降り
しきる


白い

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