「どしゃ降り」
ここ数日の晴れ間を取り戻すような
梅雨の最後の雨が
景色を覆う
地上を打つ
地面にしみ込む
水深計の数字を跳ね上げる
川は濁流となるだろう
道路は冠水するだろう
土嚢が積まれるだろう
崖に亀裂が入るだろう
父が家族の為に走るだろう
妊婦の乳が張るだろう
赤子は泣き止まず
祖母は寝たきりの蒲団から首を伸ばす
大河の中洲に取り残された時に聞いたような水音が
蛙の鳴き声さえも消していく
ドラマを見ながらコップ酒をあおる君の姿は,
この激しい音の向こう,
水墨画に塗り込められたビル街の遠景のさらに向こう側で,
かつて一緒に聞いた路面電車の音とともに
湿度計の水銀柱の中に溶解する
− そこから再生する新しい君の姿しか
− 君の夫は知らないのだ
タイヤを半分くらい水に沈ませながら
走るのは僕の車だ
どしゃ降りの中でこそ
君と飲みたいと思った
雨量はますます増えていく
崖の亀裂は広がるばかり
冠水した道路では,思うように動けず
雨に降り込められて
僕は,立ち往生している
梅雨前線だけが活発だ