「白濁する湿度」



 

 

不用意に停止した車のテールランプが道に飛び散る,それは,

撃ち砕かれた脳漿であった,と,メモ帳に記す午後

それは,花屋の店先の赤い紫陽花だ,アスファルトの上で溶解する

うん,待てよ,紅い紫陽花なんてあったかな,「紅い」じゃなくて,

「赤い」だ,それは,「赤い」紫陽花でないといけない,グラジオラスでも

百日草でもいけない,それは,君の一周忌に黒い紋付着て,「赤い」紫陽花

を片手に,坂の上のお寺に行く,お寺にグラジオラスでは,似合わない

だろう,だから,それは,今日のように,湿気の垂れ込める日に,黄ばんだ太陽の

光を浴びて,鮮やかに赤い,それは,かつての君の唇のように,蛇の目傘の下で,赤く

妖艶だ,あの眼差しでもう一度,私を見て欲しいと,飛び去る飛行機の歪み加減で

今日の体感温度を計りながら,「それは」とメモ帳に記していくと,頭上で

蝉が激しく悲しみ始める,それは,生まれ変われなかった者の悲哀なのか,

雨に押し流された山肌で狂うのだ。いまだ乾燥せぬその山肌で,湿度が,

白濁しはじめる。クーラーも停止した今,君の肌の上でも,私が唇寄せる

その先から,湿度が白濁しはじめる,自動車修理工場のレッカー車は,

まだ来ない。

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