「夏の陽炎」



 

 

下りホームの暗闇から

走り込んで来た極彩色の地下鉄の車体の

冷え切った箱の中で,

吊革にぶら下がり

夏の視線を投げかける女の

厚ぼったい唇を形作る

色素の一つ一つに

長い思い出をたどり,

たどり着いた袋小路の右手の

安アパートの錆びた鉄の階段に腰掛けた,白い

シミーズ姿の女の瞳に

吸い込まれ,

濃密な宇宙を旅をした気分で

よく見ると,

その瞳は,

色ガラスを溶かして作ったビー玉の

安っぽさだったが,

四畳半を映し出すには

ちょうど良く,

雨降りの窓の外を所在無さげに見つめながら,

吸殻をコーヒーカップに投げ入れる女の

紅く塗った爪の先が割れ始め,

そこから仄見える蓮の花,

白い,

その

白さよ,

下りホームの暗闇から

走り込んで来た極彩色の地下鉄の車体の

冷え切った箱の中で,

夏の視線を投げかける女の

厚ぼったい唇を形作る

色素の一つ一つに

良く似合う,

シミーズの裾に

微かに付着した

昨日のカレーライスの薄黄色

におい,

せつなに,

蓮の花の哀切,

女は足を開いていく,

夏に,

足を開いていく,

汗ばみながら

開いていく,

悲しみながら

開いていく,

その足の付け根から

立ち昇る

カレーライスの匂いが漂う陽炎に

僕は,

翻弄され

炎天下の

アスファルト

のように,

溶け

始めるのだ。

 

 

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