「夏の臓腑」
庭先の植え込みに張り巡らされた蜘蛛の糸の
朝露輝くを構わず切り裂く鋭い夏の光線が
さらに,遠景を切り裂く時,
突然,激しい夕立のような蝉の声がするのは,
切り裂かれた遠景の楕円の傷口から
夏の臓腑が滲み出て,
蝉に昇華するからだろう。
君は,今年もまた巡り来た季節の声をもどかしげに聞き,
催涙ガスの破片を受けてできた
背中の割れ目を隠すために,
背筋をピンと伸ばしてステージにいて,
夏の臓腑を背中の割れ目の辺縁に感じている。
君の背中の割れ目は,夏の臓腑に連動し,
夏の臓腑は太陽の拡大と縮小に連動する。しかし,
太陽が,また五センチ拡大したとして,
拡大した五センチ分,地上に近づいたとして,
我らの頭上が五センチ狭くなったとしても,
君の背中の割れ目が,
さらに五センチ大きくなるとは限らない。
そこから,天使の羽が生えてくるのだと,
錯覚した者も多かったろうが,
イカロスもどきに,蝋で模造の羽を取り付けるのが,
せいぜいだった。
産毛の生えた背中の割れ目は,
夏の光線が引き裂いた遠景の割れ目の
写しに過ぎない事をもっともよく知るのは,君だ。
そこから,蝉の声の代わりに,情熱が激しく洩れ出るのだが,
昔と変わらずステージの上で,ギター抱えて君は,
「君は...」と叫び,情熱の流出を食い止める。
そんな君の背中の割れ目に頬擦りする者も多かった。
多かったが,その多くは,「かつて」を取り繕うためだった。
駅前の何処にでもある,今は時代遅れになってしまった
喫茶店のシートの片隅に,タバコの焼け跡と共にこびりついている,
あの「かつて」って奴。
君の背中の割れ目は,そんな遠景まで写し込んでしまっているから,
黒いタンクトップにベルボトムのジーンズでしか生活できなくなっていた。
それは,太陽までの距離が五センチ縮んでしまおうが,
知った事では無い君の事情。
鋭い夏の光に,遠景が切り裂かれ,
そこから夕立のように蝉の声が洩れ,
君が住んでいるであろう街の景色が,
グラグラと揺れ動いたとしても,
そのために,君の背中の割れ目が五センチ大きくなったとしても,
君は,ギターを抱えて,「君は...」と叫び続ける。
ステージの上で,背中の割れ目に夏の臓腑を感じながら,
もう君の詩に飽き始めた人々のために。
夏の臓腑は,そんな君のために,静かに鼓動する。