「蝉の声」
今年最初の蝉の声を聞いた
ほら,この間,
十何年ぶりに
あなたと,ばったり会った
あの場所だ。
かつて,冬でも夏の匂いを
プンプンさせていたあなたは
小さな子供の手を引いて
スーパーの袋を片手に
木枯らしの中を歩いていた。
一瞬,声をかけるのをためらったが
あなたの方から気がついて,
会釈してくれたっけ
「叔母の家に遊びに来ているの」
「この子,生まれてすぐに重い病気にかかって,それでね...」
何も聞いてはいないのに
あなたの口からこぼれる言葉の数々
あなたの顔を見られずに
無邪気な子供の顔ばかりみていた
昔,あなたは輝いていた
昔,年上のあなたは憧れだった
昔,あなたと喫茶店で話しできる事が,どれだけ誇らしかったか
− 昔
“時は流れる,お城が見える“って,誰のセリフだったっけ
何を喋っても,
残酷にあなたの心に突き刺さりそうで,
結局,こちらから何も言えなかった。
「この辺に住んでるの?」
−うん
「結婚は,しているの?」
−うん
「子供は?」
−うん
冷たい風に吹き飛ばされていった
「また会いましょうね」
と言うあなたの言葉は,
この季節に
跡形も無い。