「綾戸智絵」

 

神戸国際会館の緞帳があがると,

ステージの真ん中には,

どう見ても買い物カゴ抱えた貧相なおばさんが立っていた。

そのおばさんが,満面の笑みをたたえて「まいど」と言う。

「帰ってきたでぇー,神戸ぇー」

 

なんや,やっぱり普通のおばさんや。

 

その,普通のおばさんが,観客をどんどんと,巻き込んでいくのである。

 

彼女にしてみれば,トークも,一つの音楽であるような,

いやいや,音楽が,一つのトークであるような,

うーんと,ちょっと違う。

「心語」と彼女の言う,

音楽もトークも,その言語で統一され,伝播していくのだな。

1階から4階まで,満員の観客が,彼女の発する「心語」に引き込まれていく。

耳だけでなく,体も,心も。

 

観客の年齢層は広い。

20代から50代くらいまで,

老若男女問わず,彼女の「心語」にシンクロナイズする。

 

彼女の体当たりの人生観からくる,軽いしゃべくりと音楽,

これに共感するのだ。

そして,彼女に元気をもらう。

彼女は,そんな観客を見て,さらに元気になる。

とにかく,ステージを,端から端まで動きまくって,しゃべり,歌い,語りかける。

客席の隅々にまで目をやる。

 

私の席は,前から4列目の,一番右の端だったが,

何度,私の前まで来て話をし,ウインクし,視線を合わせた事か。

あの体の,どこにそんなパワーがあるのだと,

心底,感動する。

 

智絵さんと神戸の観客の共通項は,多い。

彼女の出身が神戸である事。

だから,「ただいま」なのである。

若かりし頃に国際会館のハンバーガー屋でバイトしていた事。

彼女は,私より3歳年上なので,多分,彼女がバイトしている頃,

私は,映画の前か後に,彼女の働く店に立ち寄ったかもしれない。

そう思った人は,多いと思う。

そして,彼女も,震災を経験していると言う事。

神戸の人間にとって,震災は,お互いの痛みを分かち合う共通項だろう。

私は,残念ながら,震災時は貝塚にいて,神戸での震災の経験は無いのだが,

震源地が目と鼻の先の埋立地だったもので,たいそう揺れて,

マンションが崩れるかと思われ,死を覚悟したのは事実だ。

 

そんな事を,歌の合間に語りながら,いや,語りの合間に歌いながら,

元気をすべての観客に植え付けていく。

音楽とは,すごいものだと,つくづく思い知らされる。

 

さらにすごいのは,今回,引き連れてきていたミュージシャン達。

ビッグ・アップルのJAZZ Livehouseの香りをプンプンさせて,

特に,Jhon Beasley の「枯葉」は,最高でした。

手近なJAZZ喫茶で,一杯引っ掛けて行きたいという欲求を抑えるのに必死でした。

結局,自宅の近くの,美味しい干物屋で焼酎を引っ掛けましたが。

余韻に浸りながらの焼酎の美味かったこと。

 

酒を美味くする音楽。

酒が飲みたくなる音楽。

それと同じように,

酒を美味くする詩,

酒が飲みたくなる文章。

 

そんなふうな詩や文章が書ければ最高ですね。

 

元気の出る詩や文章。

うーん,これも大事な事でしょうが,

元気ばっかり鼓舞する文章は,

行き過ぎると,戦時体制化の教科書みたくなりそうで,

ちょっと,嫌ですね。

 

もう一言,いいですか。

 

舞台の上に置きっ放しにされ,主の居なくなった楽器達,

濃いブルーのシーリングライトに照らされて,

なんと饒舌なんでしょうね。

 

 

 

2003.11.17