「いびきをかく死体」
怪談ではありません。
勿論,推理ネタでもありません。
昔,演劇をやっていた頃の話。
別役実という劇作家の作品に「足のある死体」
というのが,あります。
電車が次から次へと通り過ぎ,なかなか遮断機の上がらない
踏切が舞台。
踏み切り? やっぱり怪談だ。
いえいえ,ちょっと古いですが,不条理演劇です。
男が一人,踏み切りが上がるのを待っているところに,
重そうな荷物を引きずった女が現れます。
女の引きずる荷物は,蒲団袋の中に入れられ,その蒲団袋からは,
人間の足が出ています。
「おや,足ですねぇ。」
「ええ,足ですのよ。あの人の。」
「あの人?」
「ええ,このちょっと先に住んでるの。奥さんや子供と一緒にね。」
こんな,変な出だしで,男は女の不思議な感性の中に取り込まれ,
やがて,女に死体運びを手伝わされてしまう,そして.....
その足なんですが,てっきり,その辺に捨てられてるマネキンの足でも
使うのだろうと思ってたんですね。
ですから,劇団に入って一年目で,出してやると言われた時は,うれしくて...
で,足の役です,最初から,最後まで,ずーっと足だけ。
蒲団袋に不自然なカッコウで押し込まれ,足だけ出して,動かす事も出来ない。
なんせ,死体の足ですから。
そりゃもう,苦しかったですよ。
1時間半くらいのお芝居だったと思いますが,舞台に出ずっぱり。
その間,微動だにしちゃいけない。
たまに引きずられるシーンがあるんで,そのシーンを利用して,
体の位置を変えたり,痒いところをかいたりしました。
が,不思議なものです。
その頃,毎週 土曜日・日曜日と,アトリエ公演を打ってたんですね,で,
練習も含めて,10回以上もそれやってると,慣れちゃうんです。
死体であることに。いや,蒲団袋に詰め込まれて,動けない事に。
で,ある日,不覚にも,蒲団袋の中で,寝てしまいました。
で,私のいびきは,結構有名なんです。
でかい。うるさい。響く。
蒲団袋の中で,いびきかいちゃったんですよね。
それが,最初,舞台でやってる連中には,うめき声に聞こえたらしい。
芝居しながら,大丈夫かなと,様子をうかがってたらしいんです。
やがて,いびきだとわかった時には,私のいびきは,絶好調。
狭いアトリエです。一番後ろに座ってた演出家兼座長の耳にも入って,
その日の酒の肴にされまくりました。
で,見に来てくれていた人達,結構,何度も来てくれる常連さんなんかもいて,
新しい演出だと思っていたとか。
舞台でやってた連中は,無視しようか,アドリブ効かせようか迷った末に,
徹底的に無視して,たまに,私の頭を蹴ったりしながら,最後までやり通しましたとさ。
これこそ,不条理。
お後がよろしいようで。
2003/10/3