「貝塚に住む −その5−」

 

 

貝塚に住んで始めた事が二つある。

二つとも海に関係がある。

何せ,マンションのドアをでてから,海に辿り着くのに,

わずか5分なのだ。

 

 

一つは,釣り。

 

私は,釣りを好きになるタイプの人間じゃないと,

自分の事をずっと,そう思っていた。

ちまちました仕掛けに,グネグネした生餌。

浮きを見ながら,獲物がかかるのをジッと待つ。

そんな事,自分にできるわけないでしょ,と。

 

が,せっかく海の近くに住んでるんだしと,

昔,釣りに血道を上げていた親父に相談すると,

海釣りの道具を持って来てくれた。

もう,歳で,海釣りはとっくに卒業してるから,お前にやると。

 

くれたのならば,やらねばなるまい。

 

釣りの本を買ってきて,見様見真似で仕掛けを買い求め,

投げ釣りの重い仕掛けを浮きにつけて,浮きが浮きの役目をしてくれないんで,

隣で釣りをしている人に聞いたら,釣りの基本以前の問題だみたいな事言われて,大恥じかいたりしながら,

なんとか形を整え,はじめて餌に食い付いてくれた魚が大きなエイ。

 

エイは,年に一回,産卵のために浅い場所までやってくるらしい。

それを引っ掛けたのだ。

引っ掛けられたエイも,いい迷惑だったろう。

 

いつものように,波止のテトラの上から,仕掛けをえいと投げ,

それが海に落ちるか落ちぬかの間に,手元に激しい振動が伝わってきた。

次の瞬間,リールから糸が猛烈な勢いで出始める。

あわてて巻き上げようとしたら,糸を巻きつけるピンが飛んで,後は,糸が出尽くすのを待つのみ。

漸く糸が出尽くして,竿を持っていかれるのを必死で押さえていると,

糸が切れるのとほぼ同時に,はるか向こうに海から飛び上がったエイの雄姿。

隣の釣り人が,あれは釣れんでと,呆れ顔で言う。

私は,海面から飛んだ姿にほれぼれする。

生命の躍動。マンタくらいの大きさに見えた。

 

それからだ,海釣りに熱中し始めたのは。

 

海から来る者を待つ時間。

一見,退屈に思えた時間だが,これほど,充実した思いで過ごす時間であったとは。

 

 

もう一つは,ジョギング。

 

せっかく,海の近くに住んでいるのだ,釣りだけじゃなくて,体を動かす事をしたい。

海辺の波止の上をカッコよく走りたい。

そうだ,ジョギングだ。

と,ある日,思い立ったが吉日で走り出したはいいが,海に辿り着く前に息が上がって,

それ以上走れない。

その頃,一日3箱というヘビースモーカーだったので,余計にだ。

 

ジョギングで,海に辿り着くのに,3ヶ月以上は要した。

煙草も止め,10キロ近くまで走れるようになるまでに,一年は要した。

 

そして,走るのが楽しくて仕方なくなった,ある日の事。

その日も,海を横目で見ながら,開港して日の浅い関西新空港に向いて波止の上を走っていた。

と,後ろからすさまじい爆音がする。

まるでベトナム戦争みたいだと,思いながら振り返ると,見たことも無い大型の輸送用ヘリコプターが,3機,関空に向けて猛スピードで飛んでいるではないか。

機体にはUSのマーク。

そうだ,ゴア副大統領(当時)が京都にきていたはずだ。

と,すると,あのヘリコプターのどれかに乗っているのか。

ヘリコプターは低空飛行で,私と並行に飛んでいる。スモークを張った窓からは,中の人の顔など確認しようもないが,

中からは,こちらの表情まで見ることができるはずだ。

と,いきなり,頭の中でロッキーのテーマが流れ始め,わたしは,一人のシルベスタ・スタローンとなり,腕を突き上げながら走っていた。

 

もし,ゴアが乗っていたとしたら,

まぁ,新聞読んでるか,打ち合わせしてるか,ねむっているかで,

私が窓のすぐそこを走っているなんて,見てもいないでしょうね。

 

 

ともあれ,

私は,それ以後,釣りとジョギングに,ますます熱を上げていくのであった。

 



2003/10/9