「漆黒の扉」
漆黒の扉を開くのは、あなたです
電光色に縁取られたビルディングの一隅から這出た月の白々しさと
頬をなぜて通る濡れ羽色の風が、夏の熱気を秒単位で切り刻む
最後の雨が激しく駆け抜けた後
白いブラウスに張り付いた下着のように胸掻き抱いて現れるもの
滴り落ちる水滴に膨れ上がる季節の景色よ
積み重なるうろこ雲は山の稜線を浮き彫りにし
人々の足取りに次の季節への憧れを押し込むのだろう
それは、あなたの舌先のようになまめかしく、つややかで、あたたかい
そうして描かれて行く輪郭こそが漆黒の扉です
夜半のバス停のベンチにも似て
既に失われた次発のバスの到着時刻に光り輝くであろうもの
あなたはそのベンチに座り
忘れてしまいたいことや、忘れかけたことを
唇の上でころがしてみる
すると、もう殆ど落ちた日焼けの後が
青白く燐のように光りはじめ、疼きはじめるだろう
あなたは、その疼きを胸に抱えて、
細い指先で、そっと漆黒の扉を押してみる
その薄く開いた隙間から忍び込む想いは
あなたの肩の水着の跡を滑り落ちてくる
空気の色を変えながら
夜の気配に寂しさをしのばせながら
やがて、漆黒の扉は夜に溶けて跡形も無い
do_pi_can ド・ピーカン どぴーかん さて、これから 詩 小説 エッセイ メールマガジン