(六)



「あまりプリプリしないことよ。」
結香里が,そう慰めてくれた。
老人からの連絡は,ここ二,三日無かった。
老人の会社に電話してみたが,出張中との事だった。
「でも良かった。」
「何が?」
「あなたがアパートにいる時に,そいつらが入って来てたら,今頃命無かったかもしれないもの。」
「しばらくは,君も,来ないほうがいいね。」
「それって,邪魔だって事?」
「違うよ。しかし,何故あんなもの落として行ったんだろう。おかげで,迷惑してるよ。」
結香里が,組んでいた腕をほどいて,ショーウインドウの方に駆け寄った。
旅行代理店のショーウインドウで,沖縄の青い海が広がっていた。
「いいなぁ,うちもパパが許してくれたらなぁ。」
「今の仕事が一段落ついたら,一緒に行こうか。」
「でも。」
「友達と行くことにして。」
「騙せるかなぁ。でも,行きたい。」
結香里が,私の腕に抱きついて,柔らかい胸を押し付けてきた。
その時だ,
「ヨシヒコ,探したわ。」
そう言われて振り返ると,サングラスの背の高い女が立っていた。
細い足の付け根まで見えそうな短いスカート,前の大きく開いた白いスーツ,ノーブラで乳首が透けて見えたが,それよりもきっちりと膨らんだ胸の谷間がまぶしかった。
道行く男の全ての目を引き付けていた。
「会いたかった。」
その声の主を思い出すのと,その女がサングラスを取り,激しく口付けてくるのとが,ほとんど同時で,私の声にならない声が,女の舌に絡め取られた。
「愛してるって言ってくれたでしょ。」
そう言うと,さらに激しく舌を絡めてくる。
結香里が,無表情に立っている。
「結香里,ちょっと,これ,違うんだよ。やめてくれよ,アンジェラ。」
「やっと私の名前を思い出してくれたの?この前は,ベッドの中で一晩中呼び続けてくれたのに。」
次にアンジェラは,結香里の方を見て,
「誰よ,このチンチクリン女は。」
無表情だった結香里の顔が強張って,次に崩れ始めた。
「結香里,違うよ。」
結香里が,一歩二歩,後ずさる。
まずいと思った時は,もう遅かった。
「そういう事ね。」
結香里は,やっとそう言うと,くるりと踵を返して駆け出した。
「結香里。」
と,後を追おうとするが,アンジェラのすごい力で捕まえられていて,身動きできない。
「あの娘を追っちゃあ駄目。」
アンジェラが,耳元で囁いた。
「アンジェラ,君は。」
最後まで言わせずに,さらに唇を押し付けてくる。
暫くして,漸く放してくれた。
「ごめんなさい。でも,何も言わずについて来て。腕を組むのよ。いかにも仲良さそうに。」
「どういうこと?」
「今は,言うことを聞いて。まわりを見ないで,私と仲良さそうに歩くのよ。」
もう,言う事を聞くしかなかった。
結香里は,今頃は,もう地下鉄に乗っている頃だろう。
後を追いかけるには遅すぎる。電話で連絡を取るしかない。出てくれるだろうか。
アンジェラは,私を赤いポルシェに乗せると,急発進した。

「どう言う事だよ。」
「あなた方のためよ。特に,あの娘のため。」
「わからない。」
見通しのいい広い道路の端に車を止めて,アンジェラは後ろを見た。
「あなた達を狙っている奴らがいたのよ。」
「何故,狙われなきゃいけないんだ。」
「理由は後で話すわ。後ろを見て。白いカローラがやって来るでしょ。あの車の動きを良く見ておくのよ。」
そう言うと、再び上半身をねじって,唇を重ねてきた。
「ち,ちょっと。」
「黙って。」
確かに白いカローラが横を通り過ぎると,我々の車の前に止まった。
しばらくこちらの様子を見ている風だったが,我々が,と言うか,私がアンジェラに唇を重ねられたまま身動き取れないのを確認すると,静かにドアが開いて,中から何人かの中南米人が出てきて,忍び足で近づいて来る。
「お熱い時間は,ここまでね。」
アンジェラは,一度バックさせた後,うまく中南米人達を避けられる様に巧みにハンドルを捌きながら,急発進させた。
「しっかりつかまっててよ。」
アンジェラがサングラスをかけると同時に,ポルシェは,さらに加速し,あっという間に白いカローラから遠ざかる。道に転がった数人が,起き上がりながらこちらに何か叫ぶのがかすかに見てとれた。

次に車が止まったのは,どこかの漁港。鄙びた猟師町のようだった。
「わかった?」
アンジェラの差し出すハンカチで唇のまわりを拭くと,ハンカチが真っ赤に染まった。
「何者なの?奴ら。」
「メキシコのある組織の男たち。でも,お金は持っていないわね。だって,カローラよ,しかもレンタカー。」
「我々を狙ってたって?」
「そう,あなたと,あなたの彼女。」
「何故?」
「理由は簡単。わが社の社長の知り合いだから。」
「こっちはそうだけど,結香里は関係無いだろ。」
「結香里っていうの。なかなか可愛い子ね。奴らにとっては,そんな事どうでもいいの。あなた方を人質にして,わが社の社長を引っ張り出す積もりだったんでしょう。」
「昨日,部屋を荒らしたのも奴らか。」
「部屋を荒らした?」
「私のいない間に勝手に部屋に上がりこんで,家捜しして,メキシコ産のマリファナを落として行った。」
「そうなの。」
「ねぇ,あの老人,お宅の社長は,麻薬取引に関与しているのか?」
「まさか。私の知る限りでは,社長が好きなのは,お酒だけよ。」
「冗談で言い逃れるのは,止めてくれ。」
「今回の件は,メキシコ系の企業に中国の土地を紹介したんだけど,契約成立後に中国側に詐欺があった事が判明して,わが社に責任を取れって迫ってきてるのよ。さっきの連中は,メキシコ系企業に雇われた用心棒みたいな奴ら。殺しでもやりかねない連中なので,社長には少し身を隠してもらったんだけど,あなた方まで狙うとはねぇ。あなたを社長のところに連れて行こうと思って探してたんだけど,奴らが,あなた方の跡をつけてるのを見て,びっくりしたわ。」
「それは,しかし,あんな真似をした事の理由にはならないな。」
「奴らの習性を知らないからよ。あの子が,あなたの彼女だという事,奴らの記憶に残っちゃったら,万一,あなたを取り逃がした時,今度は,あの子を狙うでしょ。
ああすれば,私とあなたができてると思って,奴らは彼女を追わないわ。あなたにとっては,役得もあったでしょ。」
「役得?」
「私と色んな事したがる男は多いわ。しかも,こんな刺激的なファッションの日に。」
そう言われて,ちらりとアンジェラの方を見た。
それまで,一度もアンジェラの方は見ていなかった。
その瞬間を捉えて,私の頬にキスをする。
肩に,彼女の大きな胸が触る。
「これは,お詫びよ。」
そう言うと,再びポルシェを発進させた。
今度は,近くの海続きの納屋に車を隠すためだった。
そこから直接,漁師の船に乗れた。

漁師は,五十ちょっと手前くらいの,良く日に焼けた,皴を刻んで生きてきたような男だったが,操船しながら,ジロジロとアンジェラを見た。
アンジェラは,そんな事お構いなしに足を組む。
短いスカートだ。おそらく,男には,足の付け根あたりまで見えてるに違いない。
「奴が,ジロジロ見てるよ。」
「知ってるわよ。大丈夫,彼には応分のお金を渡してあるし,何度か私には痛い目にあっているから,絶対に手を出してこないわ。」
アンジェラは,わざと伸びをして,体の線を強調して見せた。
漁師は,不機嫌な顔になると,思いっきり船を飛ばす。
波のしぶきが,大量に降りかかってきて,彼女の白いスーツを濡らしていく。
濡れたところから生地が体に張り付いて裸同然になっていくのを,まるで気にもせず,彼女は気持ち良さそうに風と波を受けた。
漁師と目が合うと,漁師がニャッと笑い返す。
船は,三十分ほど走ると,小さな入り江のような場所に着いた。
小さな砂浜と,そのすぐ後ろは切り立った崖。その間に,崖をくり抜いたか,自然の洞窟があったか,こじんまりとした,しかし,三階建ての別荘があった。
船は,急ごしらえの桟橋につけられた。
が,粗雑なつくりで,波にフラフラと揺れている。
それを危なっかしげに渡ったところで,別荘から老人が現れた。
「やぁ,待っていたよ。ちょっと,ややこしい話になってしまって,こんなところまでご足労いただいて,まことに相済まない。」
「ここは,私の友人の別荘よ。」
アンジェラが囁きながら,服を脱ぎ捨て,海に飛び込む。
漁師が,高笑いしながら,そこに浮き輪を投げてやった。
老人も笑う。
「相変わらずだな。彼女は,こういう所にくると,野生に戻る。おやおや,君も随分激しく歓迎を受けたもんだな。」
そう言って顎のあたりを指差すので,触ってみると,まだ口紅が付いていた。
「ええ,じつは。」
と,昨日からの話をすると,老人の顔つきが険しくなる。
「アンジェラ。」
呼ばれて,アンジェラは,素っ裸で海からあがってきた。
その姿は,まさに,生まれたばかりのギリシャ神話のビーナスか,人間になったばかりの人魚姫といったところだ。
「例の奴らとの話し合いが,どうなったか,マルセルにでも聞いてみてくれんか。」
「ウイ,ムッシュー。」
彼女は,砂浜に投げ捨てた自分の服をつまみ上げると,先に立って別荘に入っていった。
「まったくうらやましい。」
漁師が,つくづくため息をつく。
老人が,それにウイスキーの小瓶を投げてやった。
「一杯やってくれ。」
そして,私の方を向くと,
「気がついたかね。」
「何がですか?」
「アンジェラは,普段は栗色の巻き毛だが,実はゴールドなんだ。」
「え?」
「金髪が嫌いで,頭髪は栗毛に染めている。でも,染めてないところは,実に見事なゴールドだ。典型的なアングロサクソンだ。」
そのような場所を見れる筈が無い。
別荘に入ると,アンジェラは,バスローブの紐を締めながら,携帯で電話をしている。
「こんなところでも電波が届くんですね。」
「普通のじゃ無理だよ。アンテナを立ているので,それに対応したのでないとね。」
そう言われて,自分の携帯を見ると,圏外表示だ。
これじゃあ,結香里とは仲直りできない。
「彼女とは,もうしばらく連絡を取らないほうがいいわ。」
携帯を切りながらアンジェラが言う。
「まだ,危険よ。」
私は,老人の方を向いて,
「ねぇ,何がどうなっていて,何故,私までが巻き込まれなくちゃならないのか,分かるように説明していただけますか。」
「アンジェラから何も聞いてないのか?」
「説明はいたしましたが,信じるかどうかは,彼の自由です。」
「なるほど。まぁ,たちの悪いのに捕まっちゃってね,詐欺じゃないかと,思うんだがね。とにかく,君に嫌な思いをさせた連中は,私とこじれている奴らが雇った連中で,金のためならなんでもする。君が私と親しい事を,何らかの方法で嗅ぎつけたんだろう。で,君を人質にとれば,私が言うことをきくと思ってたんだろう。今,私の部下達が,何とか収拾させようとしている。君も,しばらくここに留まって,ゆっくりしたまえ。」
「そんなの警察に任せられないのですか。誘拐なんて,犯罪じゃないですか。」
「警察?日本の?」
老人とアンジェラがほとんど同時に言う。そして,笑う。
「日本の警察なんて,飼い慣らされた子犬程度しか相手にしたことないだろう?駄目だよ。当てにならない。」
「それでも,とりあえず,話だけでも。」
「どこに話を持っていくの?町の交番?」
「とりあえず,メモだけとって,それでおしまいだ。何かあったら,また来てくださいってね。メモ取ってくれるだけでも私の国の警察よりはましだがね。私の国の警察官は,相手の怖さを知っているから,何も手出ししない。話をもみ消す事すらある。」
「何故,また,よりによって,そんな連中と。」
「まぁ,そんな事もあるさ。向こうから,あの手この手で仕掛けてこられたら,避けようが無い。もともとは,中国のある田舎町の土地の買収を仲介して欲しいと言ってきたんだがね,何の問題も無く契約がまとまって,それで一件落着の筈だったんだ。ところが,契約が成立した土地の所有権を主張する輩が現れて,裁判沙汰になった。普通なら負ける筈の無い裁判だったが,あの国の司法の仕組みはよく分からん。どういうわけか敗訴してしまって,その損害賠償を申し立てられた。で,よくよく調べてみると,どうも最初から仕組まれてた形跡がある。わが社に土地の仲介を依頼してきた奴らと,契約成立後に所有権を主張してきた奴ら,どうやら同じ穴の狢のようなのだが,その証拠がどこにも無い。」
「たかだか,そんな事で。」
「うむ。それでも,何億ドルもの金が動く。メキシコで何億ドルと言えば,結構な金になる。人間の一人や二人,殺してでも何とかしようと思うだろ。
証拠さえ残らなければ,奴らは人殺しくらいお手のものだな。
でも,まぁ,大丈夫。君達の事,つまり,君と彼女との事は,アンジェラがうまくガードしてくれたし,奴らとの関係も,部下たちがまとめに入ってくれたようだし。
二,三日で帰れるだろう。」
「二,三日も,ここで?」
結香里とも連絡が取れないなんて。

漁師が船で買いだしてきた材料を,老人とアンジェラが,楽しそうに料理し始めた。
何を作るかで真剣に話し合っている様子は,まるで親子のようだ。
それを,漁師が,良く冷えたビールを飲みながら,見ている。
漁師も,老人から専属で雇われているらしい。
その光景だけを見れば,まるで,楽しい海辺のバカンスだ。
海辺に沈む夕日を見ていると,タヒチにでもいるような気分になる。
別荘の二階には,書斎があって,壁際にぎっしりと書籍が並んでいる。
ほとんどが英語の専門書で,薬学系の書物だった。
「この別荘の主が,大学で薬学を学んだ人なのよ。」
と,アンジェラ。
「こりゃ,本当に偶然なんだがね,私も大学で薬学を学んでいた。」
「え,あなたも大学に?」
と,私。
「もちろんだよ。そうか,まだ,そこまで話を進めてなかったな。今日は,こんな時間だ。明日から少しまた,付き合って貰いたい。」
夕食が終わると,そそくさと後片付けをして,老人と漁師はチェスを始めた。
のんきなものだ。こちらは,最愛の彼女と,どのように縁りを戻せばいいのかと,やきもきしていると言うのに。
気分直しに海辺に出る。
都会の空と違い,遮る明かりが何も無いので,手の届きそうな近さで無数の星が輝いている。
結香里の住む街はどちらの方角なんだろう。せめてメールでも飛ばせればと,空を見ていると,
「あっちの方角よ。」
と,アンジェラが別荘の後ろの崖の方を指差す。
「彼女の家の方角を探してたんでしょ。」
「いや,それは。」
「後二,三日もすれば開放されるわ。そうしたら,また会えるじゃない。」
本当に二,三日で片が付くものなのやら,こういうケースは初めてなので,どこまで彼女の言葉を信じていいのか分からない。
「くよくよしないのよ。」
そう言うと,いきなり服を脱いで,海の中にジャブジャブと入っていった。
よほど泳ぐのが好きらしい。
「あなたも,どう?」
そう言って,海水をかけてくる。
彼女の周りに夜光虫の青白い輪が広がる。
跳ね上げる水飛沫も青い。その中に,白い,細い体が浮き上がる。
ギリシャ時代の彫刻のように,完成度の高い肉体。
とても一緒になって,裸になろう何て気は起きない。
やがて,彼女は,浜辺に平行にクロールを始めた。
青い夜光虫をお供に,右に,左にと,何度も往復する。
まさに美の極致。
と,海中からいきなり黒い影が飛び出て,彼女を羽交い絞めにした。
二つの姿が海中に沈む。
最初に姿を現したのは,アンジェラにつかみかかった黒い影で,よろめきながらこちらにやって来る。
私は,とっさに近くの木切れを拾い上げた。
黒い影は,激しく咳き込みながら,
「俺だ,俺だ。」
と言う。どこかで聞いた声だ。あの漁師だ。
「また,一本取られたか。」
いつの間にか老人も出てきていた。
「相変わらず強いな。」
と,漁師。
「そりゃ,そうだろ。君の教え子だろ。」
「昔,パリで教えてた頃は,あんなに強くはなかった。」
「あなたが,パリに?」
私は,驚いて漁師の方を見る。
「ああ,パリで,合気道の教室を開いてた。彼女は,その頃の教え子で,一番熱心で強かった。」
アンジェラは,漁師に向かって人差し指を突き上げると,また泳ぎ始めた。
「さて,我々は,もう寝るか。」
と,老人。
「気をつけろ。アンジェラと二人きりになれたからって,変な気を起こすんじゃねぇぞ。
あいつは,大の男嫌いだ。天真爛漫だから,つい男のほうはその気になる。だが,あいつの強さは並大抵じゃない。何人の男が病院送りになったか。」
漁師が,そう捨て台詞を残して,老人の後を追った。
アンジェラは,暫く泳いでいた。彼女を残して引き上げるべきかどうか悩んだが,とりあえず待つことにした。
「あなたは,優しいのね。」
海からあがり,裸のままで私の隣に座って,アンジェラがそう言う。
「どうして。」
「ジロジロと私を見たり,海に私を一人置いてけぼりにして,部屋に引き上げるなんて事しないもの。」
「でも,アンジェラって強いんだね。合気道の先生を投げ飛ばすんだ。」
「そうね。強い自分が好き。強くなりたいって願ったからよ。だから,強いの。」
「アンジェラにとって,強いって事がいい事なんだ。」
「そうね。父が厳格で,常に強くあるようにと私を教育したからでもあるけど。昔ね,まだ十歳ちょっと過ぎの頃に男に強姦されかけたの。それ以来ね。もっと強くありたいと願い続けたわ。」
私は,何と答えていいものやら分からなかった。
「相手は,イタリア系移民の男だったわ。目をギラギラさせて,あたしを押さえつけた。息を野良犬のようにハァハァさせて。そいつの息が顔にかかるの。あたしは丸裸にされて,あそこに男のが押し付けられて。でもね,そいつ,興奮し過ぎてて,入れる前に射精しちゃったのよ。そこに,ちょうど通りがかった人がいて,男は慌てて逃げた。私の体は
男の精液がねっとりとこびり付いていた。すごく屈辱的だったわ。何が屈辱的と言って,その頃,私はアングロサクソンとしてのプライドを持っていたの。それは,父と母から植え付けられたものだったわ。その自分の体がイタリア系移民の男によって汚されるなんてって。
私は,今でも,男の精液が体にこびりついているような気がしてるの。それは,私がもっと強くならないと,消えないものなのよ。」
「それで男嫌いが。」
「あはは,誰に聞いたの。私の男嫌いの原因は,別にあるの。」
そう言って,暫く膝を抱えて黙っていたが,
「私の父は,外交官で,とてもプライドの高い厳しい人で,私にとっては,彼が,この世の男の代表だったのよ。いつか,父と結婚するんだと,ずっと思ってた。だから,父の希望通りに,アングロサクソンとしてのプライドと強さを身に付けようと,必死に努力したわ。それがね,ある日,見ちゃったの。母のいない時に,父が寝室でしてた事。メイドとして長年雇っている黒人女性とねエス・エムプレイをしてた。あろう事か,父がエムの役回りだったの。痩せぎすの,年増の黒人女性に跪いて,許しを請うていたのよ。それ以外の変態的なプレイも。
私の中で,あらゆる偶像が音を立てて崩れたわ。男も,プライドも。
それからね。」
彼女は,そのまま黙ってしまった。
波の音だけが耳に響く。
今夜は,随分暖かい。このまま裸で眠ってしまっても,風邪はひくまい。
アンジェラが,今何を考えているのか想像もできないが,とりあえず,今夜は彼女の気の済むまで一緒にいてあげようと思った。