『僕達の失敗』

そんなタイトルが流行った時代があったね

全共闘終焉の世代が

「どじょう」じゃなくて「どぜう」だなんて

居酒屋で僕達とクダ巻いていた時代

 

半円筒の水槽には

水クラゲがふにゃらくにゃらと

不確かに踊っている

 

これが現代のヒーリングなんだって

「あの頃」と歌うさだまさしの声を

店内に低く流れる「ソウル・シャドー」とは

何の脈絡も無く思い出す

 

僕達のヒーリングは違ったよね

狭いアトリエの中の

鬢付け油やドーランの匂い

フェードインする照明器具の微かな音

青い光の中に浮かび上がる君の姿

その空間に集約する全ての意識

 

あれから二十年と言う時が過ぎた

それが長いのか短いのか

水槽の中で明滅するクラゲの生命にとって見れば

案外一瞬の事なのかも知れない

実に十年ぶりにタバコに火をつける

むせはしないが

とてもうまいとは思えなくなった煙が

クラゲの間を立ちのぼる

 

さて、いくかと

相変わらずせっかちな君が席を立つ

僕達の時代は失敗だったのかなと

もう一人の君が問いかける

薄くなった毛を大事そうにかきあげながら

財布から札束出す君は

失敗じゃなかったさ

家族も幸せだし、金も稼いでるし

それが、僕達の夢だったのかい

腹のつっかえた君は、しかし、その言葉を飲み込む

 

「君は時代のバックコーラス」さと

つい最近まで失業していた神戸の詩人が言う

「めくるめく日めくりめくり」の中で

営々と時間を費やすことに意味を求めてはいけない

そう言うと、詩人はラクカラチャを歌いながらトイレへ立つ

 

クラゲの前に、やたらスマートなバーテンダー

金額の書き込まれた紙を差し出す

 

つまりは、いくつかの失敗はあったとしても

この程度だったって事

老獪な演出家が威勢良く立ち上がった

 

 

おわび
文中に、神戸の詩人 梅村光明氏の詩のタイトルを

無断で借用しています。

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