坂 道

勾配が四十五度を超えると

もう、坂とは呼びたくなくなる。

滑り止めの凹凸はあるのだが、

自動車でも立ち往生してしまう。

それを上り詰めた所に古びた平屋が二軒あり、

その右側の一番見晴らしのいい部屋に

あなたは、心を置いてきてしまったから取ってきて欲しいと

僕に頼んだ。

二つ返事で引き受けたは良いが、

中腹で、滑り落ちそうになって、無様にしゃがみ込む。

見上げると、

平屋の向こうに大きなニレの木が枝葉を広げていて、

そこから入道雲が盛り上がっている。

平屋の、たしかに見晴らしのいい部屋に

赤いシミーズの女が一人いて、

黄色いシロップのかかったカキ氷を食べている。

あれが、あなたの心ですかと、

振り返ると、坂のいちばん下に白いドレスのあなたが、

にこやかに立っていて、

その後ろに、いつの間に集まったのか、

皿回しや綱渡りの道化師たちが、

季節外れのヒグラシのような声で笑っている。

かなわぬ話だ、何で引き受けたんだろうと、

ぶつぶつ呟きながら、

そろそろと、まるでセミの幼虫みたいに這い進む僕。

赤いシミーズの女の手の爪も赤い。

赤い先から、陽炎が立ち昇る。

その向こうを

一両だけの箱電車が走っていく。

 

 

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