平成二年のヒルタ

平成二年のヒルタは、たそがれている。犬山と四日市の間で、ぼっかり口を開けた私鉄沿線。田園地帯を自衛隊機に送られて、走る赤い電車。うたた寝を続ける車内のシートに、吊り広告よろしく、小春の陽気に揺られて、たそがれるのも呑気な話だが、ナメクジもどきの時間におおわれた農家の軒先、白い洗濯物を見ながら、出張鞄片手に二十世紀を思い浮かべた時に、出てくるのは訪問先の番茶よろしく湯気立てた万国旗、株式市場、不動産価格動向。犬山と四日市の間にゲンカイナダがあるわけじゃなく、アパルトヘイトは木造校舎の壁の節穴に農協牛乳の蓋と一緒に放り込まれっぱなし。ヒルタとて、今さらガレージセールよろしく引きずり出して、路傍に並べる気もないし。ましてや、並べたところで、一山十円にもならぬおそまつさ。一つだけ光るガラス玉は、ああそういや何年か前、大道具製作中にポケットから転がり落ちて、そのままうっちゃっといた奴だ。小春の陽気に透かしてみれば、車窓の田園地帯が逆写し。向こうが逆か、こちらが逆か、まじめに考えれば混乱するので、ああこんな物かでやり過ごす時、ヒルタは、ますますたそがれていく。網棚の出張鞄がひなびた青菜に見えてくる。

そして、平成二年のヒルタは、振り出しの犬山口で線路に煙草を投げつける。赤い電車が警笛とともに踏み潰していく。

間の抜けた音だ。

まるで、陽気におもねってやがる。