「ひろしま」

 

 

 

栄太郎君

祐介ちゃん

宏さん

敏郎君

智明君

千秋ちゃん

 

 

雨の中に

町がいた

 

祭囃子が

遠くで聞こえた

 

近代的な路面電車に揺られる

 

大きいドアが開くたびに,

湿った音が

乗客とともに

入り込む

 

往来するタイヤの音

自転車のブレーキ

方言

 

町は

雨の中にいる

 

 

   竹一さん

   智子ちゃん

   英敏君

   千鶴子さん

   貞子ちゃん

 

 

気がつけば

少女が一人

隣に座っている

 

どこから

一緒だったろう

 

お好み焼き屋の

カウンターの隣に

座っていた子に

似ている

 

同じ停留所で下車する

 

「傘,持ってないの」

 

雨はさらに激しく

狭い停留所の中にまで

降り込んで来た

 

祭囃子が

商店街の方から聞こえてくる

 

 

    明子さん

    康平君

    坂江ちゃん

    孝太君

    つるさん

 

 

商店街には,アーケードがあるというので,

そこまで,傘に入れてあげることにした

 

「近くの子?

と,私

「だと思う」

 

「今日,学校は?

と,私

「うん」

 

少女が

一瞬,ゆがんだ顔で立ち止まった

 

「さち,がいい」

「え?

「さち,って名前がいい」

 

今度は,私が困って立ち止まる

 

 

   克己ちゃん

   信二君

   うめさん

   龍一郎君

   修さん

 

 

「昨日の,この町の姿が

思い出せません

昨日,この町は静かでしたか

昨日,この町は何かを待っていましたか

昨日,この町の夕暮れは,きれいでしたか

お母さんが魚を焼く匂いが漂っていましたか

街灯に裸電球が灯る頃,

お父さんが,いつものように,

空のお弁当箱を持って,帰ってきましたか

人々は,静かに語らいながら夜を迎えましたか

そして,川の字になって,

安らかな眠りにつきましたか」

 

ふと目を上げると,

そこには,幼い少女の姿は無く,

セーラー服姿の女の子

 

「昨日を思い出せないの」

「名前も」

 

問題を整理するために,

手近のスタバに入ることにした

 

サラリーマンと女子学生の組み合わせに

怪訝な視線のいくつか

気にせず

「コーヒー」

商品名を言い直す店員に

「昨日の,この町の姿を覚えてますか」

と,問いかける自分がいる

 

「あちらのカウンターでお受け取りください」

 

カウンターから,答えが出てくる筈も無い

 

 

    松蔵さん

    シゲちゃん

    吉弘君

    浜子さん

    富さん

 

 

「昨日の,この町の姿を覚えてますか」

店内の客に聞いて回るが

近づくと無言でうつむかれる

 

ここに長居は無用と,

テイクアウトの容器に移し替えてもらい,

店を出る

 

傘をさし,振り返ると

女子学生の姿はなく,

スーツ姿の女性

 

「お世話をおかけします」

丁寧に頭を下げられる

「いえ,どういたしまして」

 

それから二人で,

祭囃子の商店街を

聞き歩く

 

途中で買ったたこ焼きが,

手の中で冷えていく

 

 

   彩ちゃん

   福子さん

   清喜君

   君子ちゃん

   よねさん

 

 

祭りで賑わう商店街のはずれに

小さなお地蔵様があった

その脇の雨に濡れない場所にベンチがあったので

そこに座って冷え切ったたこ焼きを食べることにした

 

ビルの谷間の

小さな空間

 

「ここは,空き地のあった場所」

しわがれた声で女性が言う

 

「何か思い出したんですね」

 

横を見ると,女性は

老婆に変わっている

 

「お地蔵様の前の空き地は

子供たちの遊び場でした」

「お互いに名前を呼びあいながら遊んでました」

 

口の中に残ったたこ焼きの滓を飛ばしながら

「それが,この町の昨日の姿でした」

「子供達は,夕暮れになると,

それぞれの生活に帰っていきました」

「屋根の下の,ささやかな生活」

「その向こうに

透けて見える,狂った大人達の姿」

「キョウセイロウドウ,

ウチテシヤマム,

テニヤン,

マンハッタンプロジェクト,

ヤルタ,

エダジマ」

 

 

   春子ちゃん

   芳江さん

   孝義君

   悟さん

   軍治君

 

 

「名前を思い出されたんですね」

「大事なんは,名前を思い出すこととちゃうけん」

「大事なんは,名前があった事を覚えといてもらうことじゃけん」

「数字の中に埋もれてしもうた名前」

「みんな,名前があったけんね」

「人の数だけ,あったけんね」

「名前の数だけ,生活があって」

「生活の数だけ,うれしいことや,かなしことが,あったけんね」

 

老婆は,

立ち上がり,

雨に打たれている

 

雨の中で

小さくなっていく

 

「みんな,名前を持っとった」

「みんな」

 

「みんな」

 

いつしか

老婆の姿は無い

 

私の口から

名前がこぼれる

 

雨が

まぶたを

つたう

 

 

   徹君

   あきさん

   博ちゃん

   庸子さん

   花枝ちゃん

   洋平君

   トメさん

 

 

昨日の町の姿が

積み重なった沢山の名前の中から

浮き上がってくる

 

 

do_pi_can   ド・ピーカン  どぴーかん  さて、これから  詩  小説  エッセイ  メールマガジン

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