職場のリーダー向け研修
安全で元気な職場作りの為に
(叱る、怒る、パワハラの違いを知る)
1. まず最初に
1-1 本日の研修の目的
皆様は、日々「安全で元気な職場作り」を心がけておられます。そして「安全で元気な職場」の維持のためにいろいろな気配りをしておられますね。
「職場」では、様々な事が発生します。スケジュールの遅れに始まり、ミス、トラブル、あわや大惨事と言う事態もあります。それらを避ける為に互いに声を掛け合い、注意し合っておられます。
また、同時に若手を一人前にするために「しつけ(育成)」もしておられます。「しつけ」には辛抱、我慢が必要なのを分かってはいても、何度言っても同じ間違いをされると、つい声を荒げることもありますね。
大きな事故につながりかねないトラブルへの対処の時も、互いの身を守り合うためにも声を荒げます。そうする事で注意を促すのです。
ここで、「叱る」「怒る」という行為が生まれます。
実は「叱る」と「怒る」は使う場面が違います。それをうまく使い分けている人と、そうでない人がおられます。今日の研修では、まず、「叱る」と「怒る」の違いを知り、使い分けることを一緒に考えたいと思います。
「怒る」と「パワハラ」も違います。世間では同じように考えられてしまう事もあり、なかなか「怒り」づらい思いをしている人もおられるでしょう。
さらに、「職場がより安全で元気になる」ために必要な「褒める」についても考えてみたいと思います。効果的に「褒める」のはなかなか難しい行為です。どう「褒めたら」よいのか、何を「褒めたら」よいのかを考えましょう。
2. 「怒る」「叱る」の根源
2-1 「怒る」とは、どういう事?
日頃からうまく使い分けている方ならば感じておられると思いますが、「褒める」「叱る」「怒る」の中で、もっとも行いやすいのは「怒る」です。
何故でしょうか。
その理由は、私たち「人間」を「動物」という観点からみるとすぐに理解できます。
私たち「人間」の身体の様々な反応は、ひたすら「生き延びる」「種族を残す」ために生じます。
恐竜全盛時代、私達はネズミで、おそらく小型恐竜に食われる立場でした。私達は食い殺されないように逃げ、身を守りつつ、種を存続させ、増やしていたのです。
そして、追い詰められ、食い殺される寸前には、「窮鼠猫を噛む」の例え通り、恐竜を威嚇し、最後の最後まで我が身を守ろうとしたでしょう。それが「怒る」の原型です。
恐竜が滅び、私たち哺乳類の時代が来て、身体も大きくなり、群れで行動するようになると、縄張りを守る、餌を守る、群れを守るために、敵対する群れを威嚇したでしょう。これも「怒り」です。
つまり、私たちの「怒り」は、何千万年の間、自分や仲間を守る為に必要不可欠だったのです。人類が文明を持ち始めて十万年程度ですから、もう不要ですと言っても、なくなるわけがありません。
また、現代社会でも自然災害や大事故の時に、互いの命を守りあうためには「怒り」が必要不可欠です。
ところで、敵対する相手ではないことを伝える為に「怒り」から発展した行為が「笑う」ではないかと言われており、その起源は約7万年前ではないかとも言われています。「笑う」とは、人類が、種族を超えて連携し合うスキルを身につけた時に発達したコミュニケーション手段だろうということです。
2-2 では「叱る」とは?
「叱る」という行為は、言語とともに発達したとされています。また、言語は道具とともに発達したのではないかとされています。
石器時代、人類は石を削って尖らせ、自分達の使いやすい道具を作りました。大事なのは、ただ使うだけでなく、その作り方を若手に教え、後世に伝えることです。ここに「技能伝承」の大事なポイントがあります。
手ごろな石の見つけ方に始まり、石のどの部分とどの部分をどのように打ち付ければ、丁度良い切れ味の石に削れるかなどなど。
石器時代、あなたなら覚えの悪い若者に、どうやって石器の作り方を伝えますか?
おそらく最初のうちは、何度も繰り返す若者の失敗に対して、使えるコミュニケーション手段は「怒る」事だけだったと想像できます。つまり、「怒鳴る」「叩く」「威嚇する」です。
しかし、怒鳴られる側の若者は、相手の威嚇に対して我が身を守ろうとしますから、「怒鳴り返す」「威嚇し返す」か、「萎縮して」「作業を放棄する」かのどちらかだったでしょう。これは「技能伝承手段」としては稚拙なものです。
やがて言語の発達とともに、人類の知能や理性も発達していくと、「何が間違いであったか」「どうすればもっと上手くできるか」「もっと良い技術はないのか」などが言葉で伝え合われるようになります。
若者の失敗に対しても、「怒鳴る」より「諭す」「丁寧に説明する」ほうが効果が高い事を学びます。
また、全否定するのではなく、できている部分は「褒め」て残す、できていない部分は「諭して」修正させる方が、はるかに効率的で複雑な技術を伝えられ事を会得するわけです。
これが「叱る」の原型です。
つまり、「怒る」は自分や仲間の命を守るため、「叱る」は相手に正しい技術や考え方を伝え、育成するために存在しています。
2-3 「怒る」と「ストレス」の関係
「ストレス」とは、1940年くらいにセリエという学者が提唱した考え方ですが、多くの場合「心身に悪影響を及ぼすもの」という側面だけで説明されます。実際には、周囲の様々な変化に対応して、私達の身体が命を守るために起こす変化を「ストレス」と総称します。
ですから「ストレス」は、寒さや暑さ、乾燥や湿気、美味しい食べ物や毒のある食べ物などに対応した身体の反応から、何かに命を奪われそうになった時、例えば猛獣に追いかけられた時の反応まで、幅広く含みます。
特に、私達の身体を一瞬にして変えてしまうのが、「身の危険」に対する反応です。エネルギーは全て手足に向けられ、免疫能力もなくなり、血は固まりやすくドロドロになり、冷静な判断能力が失われます。
私達の身体は、「身の危険」に最優先に反応します。大きな物音をいきなり聞いた時、見慣れないものがいきなり現れた時などに、これら「ストレス反応」が必ず起きます。また、現代文明社会では、仕事に追い詰められた時、何をしても逃げられない状況に陥った時、仕事でミスをした時、上司にきびしく怒鳴られた時、多額の借金をしてしまった時などにも同様の「ストレス反応」が起こります。
また、私達は高い記憶能力を持っているので、たびたび嫌な状況を思い出しては、「ストレス反応」を身体に起こし、やがて疲れ果ててしまいます。
「ストレス反応」時には、身体中のエネルギーが骨格筋(手足などの身体を動かす筋肉)に集められ、脳にエネルギーはいかなくなるので、当然冷静な判断はしにくくなります。ミスも増えます。物忘れも激しくなります。そうすると、ますます焦って「ストレス」が増加します。
ウォルター・ミッシェルという心理学者は、我が身を守るために「ストレス反応」を起こす脳の部位を「ホットシステム」、理性を働かせ、冷静に判断する脳の部位を「クールシステム」と名づけました。
まず何があっても一番最初に動き出すのが「ホットシステム」です。次に「クールシステム」が働き「ホットシステム」を抑えられれば冷静さは戻ります。
たいていの場合、仕事のスケジュール遅延などで焦って「ストレス状態」のところに、誰かの失敗などでムカッとしてさらに「ストレス状態」になると、冷静さは失われ、「自分の命を守る」状態となり、自動的に「怒鳴り」つけるという動作が選ばれます。その時、「怒鳴られた」相手は「怒鳴った」方を捕食者、つまり殺しにくる相手と認識して「ストレス状態」となり、冷静ではいられなくなってしまいます。
これが、「怒る」と「ストレス」の関係です。
ですから、『人に何かを伝える時には「怒る」よりも「叱る」を』と申しましたが、それはそれで正しいのですが、『ムカッとしている時に「怒る」も「叱る」もあるもんか』という意見もまた、正しいのです。
しかし、「怒る」と「怒られる」は、「ホットシステム」と「ホットシステム」のぶつかり合いでしかありません。双方に冷静さなどを期待できません。
どちらかが「クールシステム」を働かせれば良いのですが、タイムリーに「クールシステム」を働かせるにはトレーニングが必要です。
2-4 「怒る」の影響
以上のように、何の考えもなしに「怒っ」て、相手に良い影響を与えることはまず無理です。
私達は、非常に影響を受けやすい生き物です。そういう事を意識して生きてはいないので、あまり気づかないのですが、大統領から幼児まで、他人の言葉に非常に大きな影響を受けて生きています。しかも、単純な影響なのです。
例えば、寝たきりの高齢者を連想させる言葉などを聞かせた後に計算問題などを解いてみると、ほぼ確実に成績は悪くなります。
戦争などで対立している者同士に幸福感や友愛を思い出させる単語を聞かせると、相手に対する敵対意識が低下します。
感情も同じです、笑い顔や笑い声からは受ける影響は楽しいものですが、怒り顔や怒鳴り声から受ける影響は「ストレス状況」と全く同じです。
これが、組織の中で起こると、組織全体の雰囲気や生産能力が低下します。
ですから、安全意識が高く、前向きで、かつ高い成果を出せる組織を作るためには、「怒った」状態、理性を失った状態をできるだけ避けるにこしたことはありません。事故を防ぐにも、できるだけモチベーションの高まる言葉を使うのが良いのです。
3. 上手に「叱る」「怒る」には
3-1 上手な「叱り」方
「うまくできている部分」「成功している部分」を見つけ、そこをしっかりと「褒める」意識を持ちながら、「できていない部分」「失敗している部分」を修正します。
そして、あと何をすれば上手くいくようになるのか、そのためにどんな手助けが必要かを問います。
「なぜうまくできないんだ」という「怒り文句」には弁解しか出てこないですが、「どこまでできているんだ」という問いかけには、冷静な状況報告で対応する可能性が増えます。
3-2 上手な「怒り」方
感情が激している時などに「怒ら」ず「叱ろ」うと言っても無理です。では、どうすれば良いでしょうか。
まず深呼吸してみてください。
そして、それで少しは冷静になれたら、まずは「褒め」られる部分を探す努力をしてみてください。それで、かなり冷静な対応ができるようになります。
さらに、主語を自分にしてみてください。「私は」「俺は」「僕は」から始めていただきたいのです。
感情的な言葉の主語は、必ず相手です。
逆に「私」を主語におくと、頭の中の理論的な部分が動き始めます。
例えば「何度言ったらわかるんだ」という文句は、「私は、君が何度言われたらうまくできるようになるのかを知りたい」となります。
これでは「怒鳴れ」ません。「怒鳴る」事がさらに感情を激化させますが、自分を主語にして、感情的な言葉を言ってみると感情が沈静化していきます。
ぜひ試してください。
感情が沈静化すれば、「叱る」ほうに意識を向け、相手と対話しつつ「しつけ」を行えるようになります。
3-3 ピーク・エンドの法則
私達が自分の置かれた状況を振り返って、そこから情報を抽出する時の法則で、「ピーク・エンドの法則」というのがあります。
私達は、ある出来事を思い出す時に、その出来事の起こった時間の長さは全く無視して、一番ピークの出来事と、一番最後の出来事の差のみを思い出し、特に一番最後の出来事に大きく影響を受けるというものです。
例えば、好きな音楽のCDを気持ち良く聴いていて最後に不快なノイズが入っていたりすると、その音楽そのものへの評価は最低になります。
二週間の海外旅行で、素晴らしい体験をしても、帰りの飛行機がハイジャックされて、悲惨な体験をしてしまうと、二週間の素晴らしい体験も帳消しになります。
「叱る」「怒る」も同じで、ながながと小言を言っても、全く意味をなさないのです。もっとも記憶に残る形で「叱る」(ピーク体験)、「次は期待している」としっかりと目を見て言う(エンド体験)、もしくは、注意した事を復唱させる(エンド体験)で、「叱る」「怒る」効果は高まります。
つまり、「叱った」後は勿論、「怒った」後はなおさら、相手を「フォロー」し、励ます言葉が必要なのですね。
4. 職場の元気や安全意識までをも喪失させる「パワハラ」
4-1 「怒る」と「パワハラ」の違い
「怒る」と「パワハラ」は、ともにストレスが原因である事から混同されることも多いのですが、全く違います。
「怒る」は自分のみ、もしくは「自分」を含む仲間をストレス等から守る為に突発的に起こされる行動です。守るという目的を達成する事ができれば、その行動は消えます。
「パワハラ」は、目的を達成することよりも、快感を得る事に意識が向けられ、目的が達成されるとさらに過剰に激しい言動などが見られるようになります。
また、「怒る」は突発的に発生しますが、「パワハラ」は段階的にきつい内容になっていき、中毒化していきます。
相手の出方を見て、少しでも相手がひるんだり、萎縮したりすると、さらに強烈なものになっていきます。
「パワハラ」の定義が、「相手の肉体やプライドや人権を傷つける行為が執拗に繰り返される事」とされているのはそのためです。
スタンフォード大学で、模擬監獄実験というのが行われ、人間には、誰でも、ひるむ相手、自分よりも弱く人格を攻撃できる相手には、平気で残酷な事ができるようになる傾向があるようだという報告がなされています。
そういう意味では、「パワハラ」「セクハラ」「痴漢」「いじめ」の根源は同じです。相手がひるむのを見て、より残酷になっていくからです。
そして、まかり間違えば「ホロコースト(残虐な処刑)」に発展します。
4-2 仲間がひどい目にあうとストレスが高まり、集中力や意志力が低下する
私達動物は自分の命を守ることを最優先にします。命の危険がもっとも激しいストレスです。また、私達は群れを作って生きる動物でもあります。群れを作る動物は特に仲間の状況に敏感です。
仲間がひどい目に合っていると、いかに無視していても、必ず影響を受けています。それは心拍などに如実に現れます。
結果、仲間、同僚などへの「パワハラ」などによって引き起こされたストレスは、一緒に仕事をしている者もストレス状態にしてしまい、仕事職場での集中力を失わせます、また、仕事への意志力も低下していきます。
安全な職場作りのためにも、「パワハラ」は互いに避けあうべきでしょう。
5. 上手な「褒め方」について
5-1 上手な「褒め方」は上手な「叱り方」と同じ 三層構造のプライド
私達のプライドは三層構造になっていると言われています。
第三層:最も観察しやすい行動や発言などにかかわるプライド
第二層:それまで培ってきた経験や知識などにかかわるプライド
第一層:もともと持って生まれたものにかかわるプライド
です。
「叱る」時は第三層のみにおいて「叱る」
「褒める」時は第一層にまで届くように「褒める」のが良いとされています。
5-2 結果を「褒めず」に過程を「褒める」
結果を「褒めて」しまうと、結果に至る過程を忘れてしまい、良い結果がでないと、「自分は駄目だ」と思い、努力を放棄してしまうことがあります。
そうではなく、結果はとりあえず横において、結果を生み出した過程の中の良い部分に具体的に注意を向けるように「褒め」ていただきたいのです。
「褒め」過ぎると「甘える、つけあがる」という意見も良く聞きますが、「褒める」ポイントを間違えたり、「褒め方」が下手だからです。
うまく「褒め」て損はありません。「褒める」練習をどんどんやってください。
5-3 直接的に「褒める」、 間接的に「褒める」
「そこ、なかなか良いね」と直接褒める方法もありますが、
「○○さんも、君のそこに期待すると言っていたよ」と、他人の口を借りて間接的に「褒める」とさらに効果的です。
「その部分は良いね、今度見習わせてもらおう」という褒め方はさらに効果を発揮します。
「それ、私も今後見習わせていただきます」と、社長や上司を「褒める」事もできます。社長も人間です、たまには部下からでも「褒めて」ほしいものです。
5-4 昔の人に習う「褒める」
さて、誰の言葉でしょうか?
やってみせて、言って聞かせて、させてみて、 ほめてやらねば人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。
「いまの若い者は」などと、口はばたきことを申すまじ。
5-5 「褒める」効果を体験する
では最後に「褒める」効果を体験してみましょう。
二人一組になって、ひたすら「褒め合って」いただきます。
いかがでしたか?
「叱る」と「怒る」、「パワハラ」、「褒める」効果についてご理解いただけましたか?
うまく「褒めて」「叱り」、安全で元気な職場作りを行ってください。
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