(11)

 

「やっぱり、上がりましたよ。タカシって言うチンピラも立ち会って、どうやらツレさんて人に間違いなさそうです。」

疲れはてたあたしの顔を見て、一人マンションで待っていたトシは、暫く何も喋らずに、あたしの疲れが回復するのを待ってくれて、ようやく溜息の一つも出るようになって、ポツリと言う。それは、まるで独り言のようにも聞こえた。ビールの軽い酔いに身を任せていたあたしは、「あの娘、どうするんだろう」と、呟く。勿論、あの赤ん坊の事だった。トシが立ち上がって、新しい空気を部屋に入れる為に窓を開けた。

 

トシは、あたしが口を開くのをジッと待っていた。晴美ちゃんの事を聞きたかったんだろう。あたしは、トシに、どういう風に話をしようかと、考えた。晴美ちゃんと会った場所。晴美ちゃんの話。晴美ちゃんの身に起こった事。ようやく激しい疲れから回復し始めた頭で、今日の午後からの事を思い出してみる。

とにかく、ゴロちゃんが晴美ちゃんを連れ去ってからこっち、あたしは、帰る道々の記憶すらもが所々消え去ってしまっている程に疲れていた。あの後、国道に出て、タクシーを拾い、まっすぐにここまで帰って来た。あたしは、タクシーの後部座席で、窓の外の景色をボオッと見ていた。多分、あたしの様子に不審感を持ったんだろう、運転手が何か喋りかけて来たけれど、殆ど上の空で、何を喋りかけられ、何を喋り返したのか、全然覚えていない。窓の外を、黄昏時の街並みが流れていた。赤で止まった信号の先に立ち飲み屋があって、男が一人、地面にしゃがみこんでコップ酒をすすっていた。横断歩道を母親に強引に手を引かれて、ベソをかきながら渡って行く子供がいた。道路に沿って、沢山の民家やマンションが並んでいて、部屋に明かりが灯り、人々の話し声が聞こえる様な気がした。中に一軒、火事で焼け落ち、黒々とした口を開けている家があった。それは、生のすぐ隣に潜んでいる死が集まっている場所のように見えた。その家の前を、灰色に薄汚れた犬がトボトボと通り過ぎる。

そんな些末な事ばかりが記憶に残っていた。

 

晴美ちゃんの事を考える。

晴美ちゃんは、うつ伏せに倒れ込んで、ゴロちゃんが二三言声をかけると、微かに頭を動かしたように思えたんだけど、あれは気の性だったんだろうか。いや、決して気の性じゃなかった。そうすると、晴美ちゃんはまだ、生きているんだろうか。ゴロちゃんは、生きているのを確認して、連れ去ったのだろうか。

何処へ。

ゴロちゃんが最後に言った見知らぬ男の名前、何と言ったか、もう忘れてしまったけれど、あれが晴美ちゃんの本名なんだろうか。しなやかで、ボーイッシュで、冷たいくらいに冷静な晴美ちゃんとは、到底結び付かないような、骨張った、一辺倒な名前だったと思う。でも、場合によっては、晴美ちゃんは、晴美ちゃんではなく、その骨張った男の人生を歩んでいたんだ。それは、あたしの知っている晴美ちゃんの人生とは、全く違う人生なんだろう。その男は、自分に、晴美という今とは全然違う女の人生が用意されていて、その人生を歩む可能性があったんだなんて、これっぽっちも考えずに生きて行くんだろう。

ゴロちゃんが晴美ちゃんを連れて行ったのは、晴美ちゃんに本来の人生を取り戻してあげたいと思ったからなのかも知れない。そう、晴美ちゃんの今の人生を一度は、確実に終わらせてあげなくちゃならなかったからこそ、ゴロちゃんは、晴美ちゃんを撃ったと考えられないだろうか。そして、今、ゴロちゃんの操縦するヘリコプターは、海の上を、誰も自分達の事を知らない自由に生きていける国を目指して飛んでいるのだろうか。その隣には、晴美ちゃんが静かに横たわり、ゴロちゃんと二人だけの第三番めの人生を予感している。想像は、そんな風に飛躍していく。目をつぶると、静かな波の上、月明かりの海をひたすら南に向かって飛ぶヘリコプターが浮かんでくる。

 

「それで。」

と、トシが促す。あたしは、自分の考えを整理しながら、つっかえつっかえ、喋って行く。余程、沈黙が長く続く時以外は、トシは黙って聞いている。開け放たれた窓から夜気がしめやかに流れ込む。

時折、何人かの鉄階段を駈け上がったり、降りたりする時の足音が聞こえてくる。どうやら、ツレさんのアパートにもう一度警察の捜査が入ったらしい。今度こそ、あの赤ん坊は発見されるだろう。そして、解剖だの薬品検査だのと、しかるべき手続きを経て、ツレさんと共に無縁仏として手厚く葬られるのだろう。これで、ツレさんとあの赤ん坊の物語は完結した。

では、晴美ちゃんとゴロちゃんの物語は、明美ちゃんとシンちゃんの物語は、そして、あたしは。

その日、つまり、晴美ちゃんが目の前でゴロちゃんに撃たれた日、さらに言えば、ツレさんのアパートに再度、警察の調査が入り、あの赤ん坊のミイラが発見されたであろう日の晩、神経が高ぶっていたからだろうか、変な夢を見た。

それは、誰かが部屋に入って来るところから始まった。いや、記憶している部分がそこから始まったわけで、その前があったのかどうか、それはどんな場面だったのか、不明だった。あたしは、その誰かの顔を良く見ようと、体を起こそうとするんだけど、金縛りに会ったみたいに動かなかった。その誰かは、明美ちゃんみたいだったし、ツレさんかも知れなかったし、晴美ちゃんとも考えられたし、それ以外の誰かの可能性もあった。眠さのせいなのか何なのか、その誰かの周りは随分輪郭がぼやけて見えた。誰かは、茶色い物を抱いて立っていた。「それ、何」と、あたしが聞いた。あたしの声ながら、どこか遠くから聞こえて来るみたいだった。「大事な物よ」と、誰かが答えた。その声は、かすれて、ビブラートがかかって、電気的だったけれど、強い意志が感じられた。「長い間、持っててくれてありがとう」と、言った。「何のこと」「これ、もういいの。あんたにあげる」「どうして」「もらっとけよ、ねぇさん」どこからか俊二の声がした。「もらってくれる」誰かの声と、俊二の声が同じ場所から聞こえたような気がした。「貰った方がいいよ」晴美ちゃんの声だった。「あんた、誰なのよ」誰かは、その問いには答えずに、茶色い物をフワッと投げ上げた。その瞬間、誰かの姿がかき消えた。天井から小さい茶色い物がバラバラと、大量に降ってきた。見ると、その一つ一つが例の赤ん坊のミイラだった。ミイラは、どういうわけか生きていて、モゾモゾと辺りを這いまわり、そのうちの幾つかは、あたしの中に入り始めた。やがて、全てのミイラのミニチュアが、あたしに向かって移動し始め、あたしの中に入っていく。あたしは、動くことも出来ずに、ミイラが入る度に膨れ上がる自分の体を見ている。そして、もう、これ以上入られると破裂する寸前で目が醒めた。

 

おかしな夢で一度目が醒めた以外は、あたしは、ひたすら眠り続けた。朝、一度、トシに起こされたのは、トシが自分のアパートに下着を取りに行くからと、モソモソと支度を始めたからで、その後、何時トシが出かけたのかも分からないくらいに眠り込んだ。お昼前位だったろうか、マンションのドアが開くのを感じて薄目を開けたんだけど、また眠り込む。人の気配を感じて、ちゃんと目を覚ましたのは、それからどれくらい立ってからだろうか。玄関から入ってすぐのフローリングの所に、確かに座り込んでいる人影があった。まだ、さっきの夢の続きを見ているようだった。

「誰、トシなの。」

「いや。」

聞いた事のない男の声だった。あたしは、慌てて跳び起きて、あたりに散らばった洋服をかき集めた。

「待ってるから。ゆっくり着替えてくれていい。」

落ち着いた、自分に確信を持った男の声だった。

「誰なの。」

男は、それには答えずに、じっとあたしの方を見ている。取り敢えず危害を加えられる恐れは無さそうだったので、あたしは立ち上がって、堂々と着替え始める。男は、無表情にこちらを見ている。

「じゃあ、来てもらおうか。」

あたしが着替え終わると、そうするのが当然のように言う。

「どうして。」

「どうして。」

理由を聞かれたのが意外だとでも言うように、オウム返しに言い返す。

「どうして、あんたと行かなきゃならないの。」

「残念ながら、あんたに選択の余地はない。」

「あたしは、あんたの名前も知らないのに。」

「ヤマネだ。」

「ヤマネ、あんたが。」

「俺の名前を一度くらいは聞いたことがあるみたいだな。だったら話が早い。一緒に来て欲しい。」

ヤマネと名乗ったその男は、短くこざっぱりと刈り込んだ頭を七三に分け、ダークグレーのソフトスーツに身を包んでいた。ネクタイがちょっとばかり派手なのを除くと、毎朝、『C21』の前をオフィスに通う中年のサラリーマンと何ら変わる所が無かった。ただ、眼光だけは鋭く、冷たい火がチロチロと燃えているみたいで、多分、一番現実的で、一番自分にとって得になる事は何かなんてことを何時も考えているんだろうと思えた。そして、そのためならば多少の危ない橋は平気で渡れるんだろう。人の命なんか何とも思っていないんだろうと。

でも、何の為にあたしの所に来たんだろう。晴美ちゃんが居なくなって店の女の子が少なくなったんで、臨時出勤を言いに来たんだろうか。まさか。

「特に、あんたをどうこうしようと言うわけじゃあないんだ。ただ、あんまり我々の周りでウロチョロしないで欲しいんだ。」

「ウロチョロ。」

「そうなんだよ。あんた動きまわり過ぎてるんだよ。」

「あたしが何か迷惑掛けたって事。」

「そっちには、その気が無いのかも知れないけどね、結果的にそうなってしまっているんだな。で、暫くおとなしくしててもらおうと思ってね。」

「どうするつもり。」

「心配しなくていい。暫く、タヒチにある我々のリゾートマンションにでもこもっててもらおう。勿論、外出自由。日本に勝手に帰国しない事、他の日本人の観光客と話をしない事、これだけを守ってくれればいい。金は必要なだけこっちで用意する。ビーチで男を引っ掛けてもいい。勿論、日本人以外に限るがね。」

「で。」

「で、ほとぼりが冷めた頃に帰国してもらう。」

「ほとぼり。何のほとぼり。」

「あんたが本当に賢い女なら、それ以上は聞かない事だ。」

「親しい人を殺されたりして、あまり賢くなれないのよ。」

「我々を甘く見ない方がいい。あんたは、我々のプロジェクトを妨害している。本当なら、コンクリートで固めて海に沈めてもいいんだ。」

「ツレさんみたいにね。」

「そうだ。あれが、あの女の利用価値だよ。」

「明美ちゃんも、シンちゃんも。」

「余計な事は考えずに、あんたは、あんたの命を守る事だけを考えた方がいい。」

「分かった。」

観念した振りをして窓の下を確かめる。オオガミとその手下三四人が、こちらを見上げていた。

「念のために、窓の下にも、見張りを置いている。逃げよう等とは、考えないとは思うんだけどね。」

ヤマネは、ドアを開けてあたしを促す。ドアの外には、クマガイの姿があった。                                                                                  

「話はついた。」

ヤマネがクマガイに言うと、クマガイは深々と頭を下げて、手下の者に何か合図をする。手下の一人が土足で部屋に飛び込んで来て、あたしの後ろに回り込むと、腕をねじ上げようとする。

「とても、タヒチなんかに連れてってもらえる雰囲気じゃないよね。」

もとよりヤマネやクマガイを信用しているわけではない。特に、かつては自分の弟分だったヤマネに頭を下げるようなクマガイなんて男は。

こいつらは、あたしをタヒチに連れて行くなんて気は、さらさら無いに決まっている。と、あたしは直感的に確信を持った。適当な場所を見繕って口封じに埋めるか沈めるかしてしまおうと思っているのに違いない。仮にタヒチまで連れて行ってもらえたとして、その後にどんな運命が待っているやら。ただ、少しでも状況を自分に有利に持って行きたい。

ヤマネがクマガイに何か囁く。クマガイが憎々しそうにこちらを見ながら、

「大事なお客さんなんだから、丁重にもてなすように。」
あたしの腕をねじ上げていた手が放され、代わりに左の肩と右の手首を斜め後ろからきつく掴まれる。

「痛いじゃないの。」

手下の男が、手の力を緩めながら、

「すいません。取りあえず、このまま車までお願いします、車まで。」

ここであたしの気分を害したり、あたしを逃がしたりすれば、この男にとって、出世と言う意味で致命傷になるんだろう。でも、それは、あたしの知ったことじゃない。

「今度、痛くしたら大声出すからね。」

斜め後ろで、男がコクリと頷く。

外に出ると、廊下やエレベーターやエントランスや道路の要所要所に、黒服の男達がさりげなく立っている。とても、男の手を振り払って逃げられる感じじゃない。エントランスを出ると、マムシの運転する黒塗りの大型ベンツがそっと近づいて来て、後部ドアが、ヤマネによって静かに開けられ、あたしが乗り込むと、ゆっくりとマンションから離れていく。途中、二台の同型ベンツが、少し距離を置いて合流した。ヤマネは、それを満足そうに見ている。おそらく、人の配置や、一連の動きは、全てヤマネが企画したんだろう。以前のクマガイやマムシ達ならば、今回のような行動に当たっては、もっとがさつに、もっと荒々しく、もっと派手に、近隣の人々を恐怖のどん底に陥れながら行動しただろう。そんな連中を見事にまとめあげている。彼等がヤマネに頭が上がらない訳を得心した。

 

途中、トシの運転するバイクとすれ違う。

「トシ。」
と大声で叫んだけれど、完全防音で、真っ黒なシールの張られた車内からは、中に居る事を知らせられよう筈もない。

「手荒な事はしたくない。静かにしててくれ。」

ヤマネが囁くように言う。

さすがに、見慣れない黒塗り大型ベンツの行進を奇異に感じたのか、トシがバイクを止めて振り返って見ている。

「知り合いか。」

「いえ。」

トシまで、このことに巻き込ませたくはない。

大通りに出ると、車は今までとは打って代わって速度を上げていく。が、少し走ると、また落とし始める。検問だった。警官が黒塗り大型ベンツにさすがに危険な物を感じたのか、脇に寄せるように合図している。ヤマネがチッと舌打ちして、

「今日だったか。」

「そうですね。確か今日です。」

マムシが遜って答える。

「何が今日なの。」

「海外の要人とのレセプション。」

 警官が近づいてくる。マムシが免許証を取り出して窓を開ける。ヤマネがあたしに低い声で、笑うことを強制する。あたしは、リクエスト通りにニヤリと笑ってやる。

「ちょっと、女連れで別荘までドライブなんですよ。」

警官は、一応、恐々中を覗いて、

「いいですけど、午後四時以降は高速は全面通行止めですからね。」

それだけ言うと、ホッとしたように遠ざかって行く。

「今日は、至る所検問だらけですよ。」

と、マムシが言う。そのせいか、渋滞している場所が多い。黒塗りの大型ベンツと言えど、渋滞した車の間を我が物顔にかき分けて進むわけにはいかない。

「あたし、歩こうかな。」

聞こえよがしに言う。ヤマネは、あたしの意図を汲んで、鼻先でせせら笑ったけど、マムシの背中に緊張が走る。

「行き先さえ教えてくれれば、あたし先に電車で行って、そこで待ってるよ。」

「お前、そんな事言って逃げるつもりなんだろ。」

「馬鹿野郎、逃げる分けないじゃないか。タヒチ行きが待ってるってのに。なぁ、冬生ちゃん。」

ヤマネから真顔で名前を、特に「ちゃん」付けで呼ばれると、背筋に寒いものが走った。

小さな渋滞をやり過ごして、手動式信号機に運悪く止められた時、真横を見慣れたバイクが追い抜いて行った。トシだった。トシは、ヘルメット越しにベンツの中を覗こうとする。あたしは、窓を開けようとするけれど、勿論、ロックされていた。

次の渋滞に巻き込まれかけた時、トシのバイクは、いきなり減速して、わざとベンツのヘッドライトにテイルランプをぶつけて来た。テイルランプが粉々になった。多分、ベンツの何処かにも傷がついただろう。

「野郎。」

マムシが、ベンツを止めて飛び出そうとするのを、

「マムシ、やめろ。」

と、ヤマネが止めようとしたけれど、マムシの単細胞頭に、そんな声が届くわけがない。

飛び出したマムシは、いきなりトシの首をねじ上げる。トシがヘルメット越しに頭突きを浴びせる。マムシの怒りが爆発する。ヤマネが苦り切った表情でそれを見ている。すぐ近くで検問していた警察官が駆けつける。

「バカが。」

と、ヤマネが吐き捨てるように言う。

「助けなくていいの。」

「放っときゃあいい。それより、何があっても車から出るなよ。」

その目は、とてもタヒチなんかに連れて行ってもらえる目ではなかった。

警察官が二人の間に割って入る。後ろから付いて来たベンツは、こんな時は、ヘタな動きをしないようにとでも言われてるのだろう、ジッと鳴りをひそめたままだ。トシがヘルメットを脱いで、警察官に説明している。時折こちらを見るのは、状況説明と同時に車中を伺う為だ。あたしを指さして何か言っている。警察官があたしの側の窓に近寄ってきて、ノックする。ヤマネを見ると、渋々肯く。あたしは、ドアを開けて外に出る。

「すいませんねぇ。あの男が絶対悪いのはおたく達の方だって言いはるもんで。」

人の良さそうな警察官が、黒塗りベンツの味方と言う顔をして、中に座ったままのヤマネのご機嫌を伺うような顔で言う。

「あたし、見てたわよ。その男のバイクがいきなりブレーキかけたんだから。」

「それ見ろ。」

と、マムシ。あたしは、トシの方に近づいて、マムシと同じように胸倉を掴み上げる。人の良さそうな警察官が、「まぁまぁ」と、割って入る。「あんたは、引っ込んでてよ」と、あたし。見ると、トシのバイクはエンジンをかけたままにしてある。トシは、弱ったような顔で、「待ってくれよ、女に手は出せねぇよ。」あたしは、そんなトシに、二三発平手うちを食らわせる。「ざまぁ、見ろ」と、マムシが拍手するのを、「女を止めろ、マムシ」と、ヤマネが制する。マムシが不承不承動きかけるのを、横目で見て、あたしは、トシの胸倉を掴んだ手に力を入れ、バイクの所まで押して行く。さすがにヤマネは状況を察知して、「クソッ」と叫ぶ。トシが体を翻すと、バイクを発進させる。あたしは、その後を追いかける。マムシも同じように追いかけるけれど、単細胞頭で考えた事といえば、あたしじゃなくて、トシのバイクを引き止める事だった。

「女だ。」

ヤマネの声が空しく響いた。あたしは、走り始めたバイクにからがら飛び乗った。何人かの警察官が行く手に立ち塞がったけれど、トシはそれをうまくすり抜ける。

渋滞があたし達に味方した。ヤマネ達は、追うのを断念したんだろうか、それらしい車は、一台もついて来なかった。