そこには
老婆と車椅子の男だけがいた
有線放送から,ニューシーカーズが流れていた
老婆は,
ひたすらコーヒーの入れ方を聞いている
漉すという事がわからないらしい
粉に湯を入れただけでは,なぜ溶けないのかと,
店のコーヒーが薄すぎるのだ
粉を追加して,濃くして欲しいのだと
店員に訴えている
店員も,他に客がいないので
丁寧に解説してやっている
が,話は堂々巡りしているだけ
アルバート・ハモンドが語りかけてくる
蝿が私の周りを飛び回る
蝿は無心に飛び回っている
車椅子の男は
新聞を広げてただただ株式の欄を見続ける
男の頭の中で株価のグラフが蠢いている
思うように動かぬことに
舌打ちを一つ,くしゃみをひとつ
そして,鼻をかむ
決断は狂う,決断は恐ろしい
だから,男は決断しない,成り行き任せの人生
車椅子から立ち上がることもない
車椅子には,誰がつけたか黄色いリボン
ミシェル・ポルナレフだってため息をつきたくなるような
蝿がカップのフチに止まった
薄いコーヒーのフチを歩いている
男が2人入ってきて
黙って,向かい合わせで新聞を読む
男達は30後半だろうか
間延びしたラヂオのリクエスト曲の中にいて,
煙草をくゆらせながら,ほとんどなにもしゃべらない
間延びしながら生きていける男たち
携帯が鳴る,一人が出る,話始める
どこの店に,どの娘を出すんだと
大声で怒鳴り始める
なんだ,この男たちは
サイモンとガーファンクルの歌が流れる
男たちに全然似つかない歌だ
蝿は,しばらく飛び回った後
道路に向かって大きくはめ込まれたガラス窓に向かって飛んでいく
蝿の気持ちになってみよう
遠い時代の歌声が聞こえてくるかもしれない
少なくとも,携帯に大声で話す男の雑音よりはましだろう。
次は,アニマルズでも流れてきそうだ