歴史は結局,街に吸収されていく

季節はめぐったばかりだというのに

いきなりの寒気で

空がずいぶん高く背伸びしているのを

ビルの二階から眺めながら,マグロのすり身と卵をかけた丼を食べる。

北国の雪解けを思わせる青空と雲の下を

時折の強い風に身を縮める老婆

その横を希望にツンと胸膨らませた少女の群れが

賑やかに通り過ぎる。

 

私の耳には,戦場の音は届かない

確かに流されている血の匂いは届かない

 

飛行機が大きく旋回して南へ向かう

通りで大型トラックがクラクションを鳴らす

老婆が,横断歩道を渡りきれずに立ち往生している

その両側を車がすごいスピードで通り過ぎるが

助けようとする人は誰もいない

 

私は,君の事を考えながら,その様子を見ている

他に何ができるというのだろう

 

文明は憎しみを孕んで前へと進むが,

憎しみの連鎖は老婆で断ち切られる

その事を,いつか伝える事のできる選ばれし者は

今,ここにはいない

だから,我々は見ているしかないのだ

路上に舞い降りた鳩のような目で

それが歴史というものだ

 

平和と正義のために命を落とした者に涙したのは一昨日だ

だが,そのために何かが変わったとは思えない

アメリカは,復讐の為に戦争を始めたが

我々は,路上に舞い降りた鳩のような目で歴史の真実を見ていた

 

私は,昨日の君の裸体を思い浮かべている

そのはるかかなたでは,人の皮膚が裂け,骨が砕け,内臓が粉砕される

ここにあるのは,寒気の空と,冷たい風と,緩やかな倦怠だ

 

信号が変わり,

老婆は無事に渡り終え,

少女の群れは角を曲がって,もう見えない。

私は,住宅ローンの残高を計算しながら

丼屋を出る。

寒気の空と,冷たい風と,緩やかな倦怠の中で

身をすくめる

ここにあるのは,それだけだ。

 

戦いの火蓋は,切られない

 

 

 

 

 

 

 

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