「桶狭間にて, 五十六人目の藤吉郎」



歴史はよぉ,こねーな乱暴狼藉が生み出すんでにゃーでよぉ

五十六人目と,自らをそう名乗る藤吉郎が言う
泥だらけの顔で,目をぎらぎらと血走らせ,
長い旗指物を持ってのそりと立つ
見渡す丘は,工場に家
空き地は,既に造成中
首の長い,どでかい機械が,
がっこんがっこん
地中に穴を開けている
五十六人目の藤吉郎が見る風景は
まさか,これではあるまい
そうならば,
このように冷静に立っていられるわけがない

ひでぇーもんだがや
至る所,死体だらけだでよぉ

なるほど,
やはり,私の見る風景とは違うようだ
彼が,ほれと指差す先には,
なんとも恥ずかしくて,とても口に出しては言えない名前のラブホテルがある
たまに,ラブホテルのベッドの下の腐乱死体に気も付かず,
ひたすら不毛な子作りに励むカップルがいるにはいるが
そういう悲惨とは,どうやら質の違う悲惨を彼は見ている

あの百姓娘は生き延びても,どうせ病気うつされて,まともに生きていけんでな
最後に切り殺してやるが,情けだぎゃ
ほれ,隠れちょった百姓ばらが,出てきよる
死体から金目のもんを外して,自分のもんにしちょるで
おお,あれ,見ぃ五十七人目の藤吉郎だがや
死体が着ちょった鎧を自分に着けて
刀,振り回しとるがや
どうせ,あれも,よその死体からの分捕り品だで
親の止めるも耳貸さず,血なまぐさい武具を身にまとい
ほれ,家飛び出した
走れ,走れぇい,走ったところで,歴史の使いにはなれんがや

顔の半分以上も隠れるマスクをした若者達のいびつなバイクの群れが
激しい音を立てて走り去る
その道路脇の家の庭で,昨夜の布団が干される。

知っちょるきゃ
歴史が,何で作られるか
わしや,あん馬鹿者が駆け抜けて,それが歴史じゃとは大間違いだがや
兵は,何も生み出さん。
大将も,征夷大将軍様も
帝様も
何も作り出さんでよぉ

食えと,懐から泥だらけの握り飯を差し出す
血の匂いがする
米ではない
米にしては固い

昨日,あのあたりに住まわっとった後家が握ってくれただぎゃ
ちゃんと逃げたかのう
おおかた,連れ回されて,殺されるだぎゃ
むごいのう

さてと と,
五十六人目の藤吉郎はもと来たほうに帰っていく
疲れを知らぬ,しっかりした足取りだ
地面を確実に踏みしめて,
歩くたびに脹脛の筋肉が,交互に盛り上がる
と,立ち止まり,振り返る

歴史はよう,
ああやって,武士どもが踏み散らかした後の地面を
百姓が,もう一度耕すがや,
その後に,作物が生えるがや
そこから,生まれるで
それが,歴史だぎゃ
忘れたらいかん

にゃっと笑った,泥の下で
目が涼しい

さっき貰った握り飯が
土くれになって,私の手からこぼれ落ちる



do_pi_can   ド・ピーカン  どぴーかん  さて、これから  詩  小説  エッセイ  メールマガジン