「赤い戦場の君が最後にみた夢についての考察」


君は赤い戦場に居て
その終わる時を待つ
ミサイルの風切る音も無く
砲弾の破裂もないが
身を縮めた古壁の向こうに
容赦なく攻寄せる
絶対の恐怖があり
それだけが
今の君の敵だ

君は今や極限にあって
愛や怒りや悲しみは
体内を満たす
濃密なエーテルの
バランスによって生み出された
至福の香りであったことに気がつくが、
恐怖はエーテルすらも
凍りつかせる
凍りついたエーテルの暴走
君は
その危険を感じ取り
外の恐怖と内なる恐怖の
二つの恐怖と闘う自分を
薄皮一枚に感じつつ
凍えた手で最後の煙草に
火をつける
が、赤い戦場では
煙草の味さえ消し去られる
顔や名前すら思い出せない友が
最後に投げてよこした煙草だった

恋人よ
愛しかった顔は微かに
名前と共に思い出せる
色あせ泥にまみれた
モノクロームの写真のように
細部に至っては霞んでいる
かつて腕の中にいたという
その事実が
自分はここではないもっと別な場所
光と希望に満ちた
こことは全く違う場所にいたという
稲妻のような閃きを
凍ったエーテルにもたらしてくれ
わずかに情動を揺り動かし
幸福といえる感情を思い起こさせる

それにすがりつつ
君は支給された錠剤を口に入れる
目を閉じると
しばらく後に
恐怖は消えていく
かつて自分がいたような場所の光景が
ひろがるが
友らしき姿は赤い戦場のままで
泥と汗にまみれ
恋人らしき姿は最後に見た
潤んだ瞳のみで
絡み合わせた指も
重ねた唇も
氷のように冷たく
霧のようにおぼつかない
薬とエーテルのもたらした
下半身の肉欲のみが
現実の全てを集約する色彩となって
破裂する

やがて君は覚醒し
暴走し始めたエーテルを感じ取る
それは、自分を含む全てに対する怒り
あざけり、虚無、
そう虚無すらも感情であったことに
既に気づくことも無く
君は
古壁の向こうの恐怖と闘うために
立ち上がり、銃をかまえる
立ち上がる時に踏み潰した甲虫一匹
助けてやれたのにと言う
後悔とともに


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