「春雷」


カンダハルあたりから吹き来るのか
モルジブあたりからか
まだ,枝に閉じ篭った桜の蕾を,いきなり固く尖らせる,
湿気を大いに含んだ,なまめいた風よ。
たまに,小さく雨を散らせ,
向かいのベランダの網タイツを湿らせる。
網タイツは,雨に濡れながら,
はや,南の海を夢見るのだ
潮風と汗にまみれた夜の浜辺で
静かに女の足から剥ぎ取られ,
そのまま波にさらわれて,
入道雲の向こうを旅する夢。

君は,このなまめかしさに刺激され,
体調不良でありながら,
散歩中の私の携帯に,静かにメッセージを送り込む。
この季節の変わり目の風邪を無視して
飲み歩いた罰で,喘息で夜も眠れないと
その細い肩を
小さな液晶画面で打ち振るわせる。
かつては若く,美しくて,鼻っ柱の強かった君も
そんな風に,自分の健康に足引っ張られ,
慰めの一つも要求するかと,
皮肉交じりの返信を打つが,
折から降り出した雨に
文字が,端からぼやけ,流れていく。
突然,激しく風が舞う
本屋の店先の
若い女性の水着のポスターが,
引きちぎられて空高く舞い上がる。
私は,愛犬とともに,ひたすらに
その後を目で追う。
流れて消えた返信文章の代わりに,
君の家まで飛べば良い,と。

風のなまめかしさに
君だけじゃなく,
様々な人の心が,色めきたつ。
その夜は,
激しい雨の後,
いきなり光が走り,雷鳴がとどろいた。
春雷である。
だから,沢山の女が,
ベットの中で,足開いたに違いない。

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