「十五夜前夜の月」

 

 

〜 行きつ 〜

 

ジェット機が,長い上り坂を,一気に駆け上がると,

高所恐怖の悲鳴と共に,六甲山の裏側が見えてくる

かつて,一日かけて歩いた山々が

親指と人差し指の間にあるのを大きく回り込んで

大阪の街

大地が,山系だけを残して,激しくかびている

人間繁殖の親和性は,この高度からは感じられず

病原体的に拡散する文明に

綿雲のいくつかが,食らいつくように覆い被さる

紀伊の山々は,さすがに壮観で

高野を入り口に,幾重にも折り重なり,

熊野あたりは,霞みの向こう

あの山中をテントを積んで,車で走ったことがある

擦り減った後輪が,たびたび地面から見放されてしまうような坂道が

山中の随所にあり

そんな坂を登りつめたところにも人家があって,

ローソンもスターバックスも無い生活が

在る

この「在る」という感覚が,妙に心安らかにしてくれた

道路の至る所が,崩れたまま放置されている生活

崩れたところに,剥き出しの山のある生活

子供の頃,

やっと電気の通じた村のニュースを見たことを思い出すうちに

ジェット機は,さらに成層圏まで駆け上り,

白い薄靄の世界

意識がそこに吸い込まれていく

 

機内のコーヒーを飲みそこねた事に気付くまで

靄は続き,

眼下には,いきなり等身大の東京

 

 

〜 戻りつ 〜

 

夕刻の羽田の上空には

朱のかかった雲が薄くはかれ,

地上の残暑うらはらの季節の彩りがあった

ジェット機は,塗り込められた暗がりの

夜釣りの電気浮きを思わせる

光の道をゆっくりと進む

空港が広いので

飽きるほどに地上を這った後,

そのたどり着いた先に

色とりどりの都市を見下ろす薄暮の空がある

東京湾に,小指で白銀を刷り込む十五夜前夜の月が

さらに昇って,九十九里の向こうの海も照らし出す

それから,ついと翼を傾け,暗黒の海

 

次に光を見たのは奈良盆地の上空である

紀伊の山々で,自然のエネルギーがスパークする

大地への,大地からの

激しい渇望が何度も走る

闇をさらに深めるのは,その後の恍惚だ

生駒山を過ぎ,雲を抜けると

いきなり光が溢れ出す

光たちが,個々に輝き,互いを照らし合い,

反射し,縦横に走る

それは,夜光虫であるかと思われた

だが,夜光虫にしては,激しいのだ

あられもなく,空に剥き出した光たち

かつて,ロスアンゼルス空港から,ジョン・ウエイン空港に向う

上空から見た街の光は,

もっと慎ましやかで,もっと優しかった

等と考えているうちに,光の中に,さらに分け入り,

そこに生命を見い出し

私自身が,その生命となる

 

 

 

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