「空洞列車」

 

 

空洞の列車が向こうのホームに走り込む時は,

心臓が激しく動き,

真っ直ぐに立っていられなくなるので

すぐに分かる

 

その列車は,

横長の椅子の通勤列車ではなく,

前向き二人掛けの,

いわゆる,ロマンスシート

 

遅めの残業に疲れ果てた身からすれば

こちらの世界とはまるで違い,

心浮き立つような

このロマンスシートは,

全くもって皮肉にしか見えない

 

いや,皮肉以外の何ものでもない証拠に

この空洞の列車に乗るのは

私しかいないのだ

 

正確には,あなたと私だ

 

さらに詳細に言えば,

私と,私が奪いたかったあなたの心だ

 

だから,あなたは,

空洞列車のオレンジの車内灯の中,心そこにあらずで,

窓の外,飛び去り行く季節の光彩をぼんやりと見ている

私は,そんなあなたの浮き出た細い白い鎖骨と

白い鎖骨の上の青い静脈と

静脈の横の小さな黒子を静かに愛撫している

 

窓の外を流れる光が

黒子の上で揺れている

 

「アキノ カゼ フカイ」と

あなたは言い,

さらに,「アキノ ヨルノ ヒカリ ト カゼ」と言う時の

あなたの言葉の波形が,私の手の中で

丸い艶やかな突起になる

 

あなたの黒いシルクのブラウスの

三つ目のボタンが,はじけ跳び

窓ガラスにぶつかり,

漆黒に溶ける

 

窓の向こう

欠けて行く月の虚ろが

あなたの鎖骨の窪みで

まどろむ

 

とまどう私の視線が

エナメルなあなたの唇の端を

さまよっている

 

「ツキノ ヒカリガ ワタシヲ ハダカニ スル」

色白いあなたの言葉から

さらに秋が深く立ち昇る

 

そして,

こちら側では,

疲れ果てた電車の形骸が

崩れていく。

 

どちらが

私の

意識の作り出した現象であったのやら

 

 

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